第150話

 以前、疫病のせいで封鎖状態にあった独立都市より、評議会の代表らを乗せた商船が領都でもあるハザルに入港したおり、グラシア王国の援助を求める先方との交渉に当たった官吏かんりが室内へ現れて、皆に麻紙の契約書を配り始める。


 領内で適応される条文の草案及び、法的文書の作成と校正に関わる彼が要点を押さえ、細心の注意を払って仕上げた書類には守秘義務のたぐいが列記されていた。


 その内容を分かりやすまとめると、以下のごとくである。


 本案件にたずさわるものは知り得た技術を第三者に漏らしてはならず、動力機関の開発は各部署の責任者以外、全体が把握はあくできないように製造工程を細分化しながら行う。


 又、事業主の許可なく成果物の模倣品を作ることや、中核となる革新的な技術を他分野へ転用することも認められない等々。


「定められた禁則事項を破った場合、ウェルゼリア領民の安全にする行為にそむいたとして、刑罰を科されるが… すでに片脚を突っ込んでいる自覚はあろう、貴様ら?」


「まぁ、ミニチュアの模型と言え、稼働状態の蒸気機関を見ている以上は」

「うぐッ、だまし討ちじゃないですか、ご領主!」


 さらりと我が父の脅し文句を受け入れて、想定内だと無言で語る学者らと異なり、難色を示した鍛冶師の親方が抗議するも、経験豊富な金貸しでもあるディアスの構えに揺らぎはない。


「当然、仕事に見合った報酬は支払う。金は万人にたがわず、普遍的価値を保証することで共通の尺度になり、人々を欲望で繋げる素晴らしいものだからな」


 “お前たちも領主家うちと利害関係で結ばれているだろう?” と言及すれば、もう一人のつちを振るう同輩が諦めたような顔つきで、隣席から知己ちきの肩を叩いた。


「やめておけ、工房の融資を引き上げられたら、家族や弟子ごと路頭に迷う」

「っ、それとこれとは……」


「いや、関係のある話だぞ、良く考えて発言しろ」


 かさず口を挟んだ父は意地悪く笑い、お前らも同じだと多額の経常費補助を注ぎ込んでいる相手、造船所の棟梁らにも居丈高いたけだかな睨みをかせる。


 金に物を言わせた威圧的な態度をの当たりにして、“守銭奴” 呼ばわりされるのも妥当だとうかと苦笑しつつ、全員が其々それぞれの誓約書に署名するのを見届け、俺は手元に海都ルルイエの魔導書を顕現けんげんさせた。


 それを水銀のような流体金属に変えて左腕へ巻き付かせ、マナから魔力への変換効率を高めた上で、精緻な魔術構築も可能にする鈍色にびいろの手甲とす。


 唯一、見慣れているフィアをのぞき、皆が驚愕の表情となって沈黙のとばりが降りた。


「余計な心配をせずとも完璧ではないが、早々に漏洩しないよう手は打つ、“己が魂に誓約を刻み、戒めとせよ” 共に道を歩む同胞はらから達よ」


 向かい合わせた両掌の間に光球が宿り、一瞬だけ明滅してほどけたかと思えば、細かな呪言で織り成された無数の光条が孤を描いて室内へ広がり、身内である父や司祭の娘を省いた利害関係者ステークホルダーの身体に吸い込まれていく。


 途端、体質的に効きやすかった二人ほどが表情をゆがめ、自身の左胸に右手を当てて、小さなうめき声をこぼした。



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いつも、拙作をお読みいただき、ありがとうございます!

年度末や春先は多忙の為、更新頻度が落ちますので悪しからずに願います(´;ω;`)

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