第148話 ~とある領主夫妻の会話~

 本館の応接室を兼用する居間から、愛娘と跡取り息子がいる前庭の光景を窓越しに眺めて、身なりは良くとも年齢的に少しだけ腹が出てきた壮年の貴族、ディアス・クライスト・ウェルゼリアが呟く。


「ジェオの奴… 伝書鳩の手紙にあった通り、王都から半日で踏破とうはしてきたのか」

「えぇ、馬車の姿はありませんものね、徒歩なのでしょう」


 例え、常識の通用しない規格外の息子であろうと、自身の腹を痛めて産んだゆえか、何らはばからずに彼の妻であるフローディアは軽い態度で言葉を返した。


 素っ気ない返事をされた伴侶が鼻白むのに構わず、“英雄のたぐいとはそういうものです” とうそぶき、もう諦めて受け入れるようにさとす。


「よくある物語の中なら気にしない、のだがな」


 現実世界に出て来られた場合、大半の為政者いせいしゃは横紙破りな存在の処遇に困り、日陰で苦悩するに違いない。

 

 取り分け、世襲によって実力と関係なく地位を得た者達など、普段なら意識しない劣等感を刺激されて反目はんもくするのは必至だ。


 父親である彼ですら、領内外の要望で魔物討伐へおもむいた兵卒らが憧憬どうけいを滲ませて語る賞賛や、港湾都市の碩学せきがくという市井しせいの評価を聞くたび、少しもやっとするのを否定できない。


 恐らく、自己利益を確保しつつもたくみな領地経営を行い、中途半端な凡愚どもより上手く民草を導いている認識があったのだろう。


「なるほど、道理で守銭奴呼ばわりされても気にならないわけだ」

「衆愚におもねて得る名声に価値はない、でしたっけ?」


 訥々とつとつと胸の内をさらしたディアスが呆れたように肩をすくめると、妻は今更でしょうと微笑み、若い頃の伴侶が熱く語った言葉をつむぐ。


 “民衆の支持は税率を下げれば取り付けられるが、いざという時のたくわえが足りずに戦乱や天災で自滅するのみ、大衆迎合ポピュリズムとする無責任なくずにはなるまい” と。


 もっと言うなら、本来は思想信条の違う人々が集まり、一様いちようかかげられる意見なんて互いの譲歩で形骸化したゴミでしかなく、政治には反映できないとものたまっていた。


「うぐぅ、自分以外の口から聞くと、反感を抱かれそうな物言いに聞こえるぞ」

「多分、顰蹙ひんしゅくを買っているでしょうね、けど……」


 愛息も “大衆的な発想は受容されやすいものの凡庸ぼんように過ぎず、平均的な知識水準の制限も受けるため、最善の結果を導くことはほとんどない” と断じており、似た者親子だとフローディアは笑う。


 それに加えて意志決定の過程や、共感的な理解が効果の最大化より重要な時もあるとえ、柔軟な態度を示したことに言及すれば、相手は苦い顔つきとなった。


「妙に達観しているな、我が息子ながら」

「ふふっ、貴方も泰然自若たいぜんじじゃくにしていたら良いのです」


 将来的な発展に寄与するものなら、突飛とっぴに思えたモノでも受け入れて真価を見定めるべきと、最近は悩みがちな伴侶に夫人が物申す。


 ただ、独立都市イルファの自領編入と国家紙幣の発行に喰い込んでいる件もあり、利害がからんだ多方面から当て擦られ、気苦労の絶えない御仁は小さな溜息をこぼした。

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