第147話

 ぱくりと女給服や下着をくわえて、木陰に隠れた黒狼がケモ耳少女の姿で出てくるのを待つ間、こちらも少々乱れている服装をととのえてから都市正門に向かうと、ぎょっとした様子で常備兵らが直立不動の体勢を取る。


「いつもながら唐突に戻ってきますね、若君わかぎみは」

「しかも徒歩って、王都への移住に使った馬車はどうしたんです?」


「印刷局の製紙工場に置いてきた。手荷物が少ないから、必要もない」

「討伐に随行ずいこうした時と変わらず、お嬢様方ご健脚なのは恐ろしい限り……」


 まだ年端としはのいかない人狼娘を見遣みやり、“お前もか” と胡乱うろんな表情になった領兵長の前を素通りして領主家の屋敷へ戻れば、伝書鳩による手紙を送っていたこともあり、妹と御付きのメイドが出迎えてくれた。


 晴れやかな笑顔で手を振ったディアが駆け寄ろうとするも、歳の近い獣人種の少女を意識にとらえてとどまり、こてんと小首をかしげる。


「この子、誰ですか?」


「地下隧道ずいどうで拾ったウルリカだ、身のまわりの世話を頼んでいる」

「金貨三枚で買われた恩は返す、あたしはご主人のモノ」


 羨ましいだろうと言わんばかりに胸を張り、事実ながらも誤解しか生まない台詞セリフを並べた人狼娘のせいで、妹の後ろにひかえるクレアの視線が鋭く細められてしまう。


 彼女の脳内では端的な情報にもとづき、ろくでもない補完がされているようだ。


「念のため、聞いておくが……」

「皆まで言うな、益体のない妄想に付き合うのは不毛だ」


「身分こそ奴隷ですけど、無碍むげにされてないのは司祭の私が保証します」

「最初から保護目的の買い取りだし、現状は甘々だよね」


 包み隠さずに日々の餌付けや、よく一緒のベッドで眠ることまで幼馴染の二人フィア & リィナに教えられて、今度は違った意味で冷ややかな表情を向けられる。


 その一方で実家を離れて以来、触れ合いが極度に少ないディアは眉根を寄せて、ねたましそうに人狼の少女を眺めていた。


「…… 兄様、今夜は部屋におうかがいしても?」

「やめてくれ、クレアの眼つきが物騒になっている」


 綺麗な花にまとわりつく害虫の扱いは御免被ごめんこうむりたいので、様々なリスクを瞬時に勘案した上で即断するも、さびしげに妹のまぶが伏せられる。


 やや気まずい空気がただよう中で、軽く左脇腹を小突かれて一瞥いちべつすれば、どや顔のリィナが視界の真ん中に飛び込んできた。


(ッ、あれを此処ここで使えと?)


 帰省の前日、半人造の少女ハーフホムンクルスうながされるまま市街地へ繰り出して、瀟洒しょうしゃな雑貨屋で買わされた手土産の木櫛きぐしふところから取り出す。


 その片隅へ開いた穿孔せんこうを通る革ひもにて、小さな木彫りの子犬がくくり付けられた逸品いっぴんであり、所々に肉球をモチーフとする焼印もほどこされていた。


我儘わがままを聞けない代わりと言ってはなんだが、王都で珍しいくしを見つけてな……」

「ふぁ、可愛い… ありがとう、兄様!!」


「ん、一件落着かな? 女の子なんて現金な生き物だからね」

「いや、お嬢を修道院育ちの私達と同類にされても困る」


 孤児なら普遍的に持つ “もらえる物はもらっておけ” の精神を思い出したのか、自嘲じちょう混じりの苦笑など浮かべたクレアが悪友の言葉をいさめ、行儀見習いの同僚に仕込まれた心構えをく。


 冒険者三人娘の一角だった頃、女の子らしい立ち位置に憧れていたのを思うと、当家でのメイド仕事は性分に合っているのかもしれない。


 いまだに雑多な言葉づかいはさておき、淑女レディたらんと努力する元槍術士を前にして、そんな他愛の無い考えを胸裏に抱いた。

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