第146話

 魅力的な案件に興味をかれるのは良くあることで… 王立印刷局の仕事を元庭師の工場長と金庫番に丸投げして知己きちの学者や、自領内の鍛冶師らに手紙で連絡を取り付けた俺は故郷に帰るべく、人目に付かない荒野を疾走していた。


「ん~、ダーリンの言う通り、身体強化の状態で走った方が馬車より早いかも?」

「うぅ、また人外の領域に近づいてます。責任取ってくださいね、ジェオ君」


 約 25 ~ 30㎞ 毎時で疾駆しながらも体幹たいかんの揺らぎをたくみに抑えて、最後尾の俺を潤んだ瞳で見めてきた乙女の前方、ぼそりと狼形態のウルリカが魔法銀製の首輪を介した念話で呟く。


『… みんな、化け物。大神オオカミの眷属である誇り、傷つけられた』


「出せる最高の速度自体は横並びだから、卑下ひげすることも無いだろう?」

『でも、あたしが全力で走れるの、ちょっとだけ……』


 王都の外へ出て姿を変えた後、意気揚々と示された方角へ走り出したにもかかわらず、十数分後には力尽きて取り残されたのがトラウマとなったのか、いじけた様子で黒毛の狼が反駁はんばくしてきた。


 徐々に引き離されていく際、とても悲しげに “くぅ~ん” と鳴いていたので、想像以上に精神的なダメージは大きかったのかもしれない。


 以後、無理させないように先頭を走らせて、ペースメーカーを務めさせているのも不服らしく、獣姿の人狼娘は小さな唸り声をこぼす。


『この恥辱、いずれ晴らす、フィアとリィナに負けない』

「ふふっ、心の声が漏れていますよ」


「“誰かさん” と一緒で、意外と根に持つタイプなのかな?」

「勘弁してくれ、こちらの気苦労が増えそうだ」


 なるべく敵など作らない安寧あんねいな人生を目指しているため、基本的になつかれるのは好ましくとも、愛憎で膨らんだ不評を買うのは頂けない。


 こと司祭の娘に関しては領主家でメイドを勤める自身の幼馴染から、下手にこじらせてしまえば一部の数寄すき者らが定義する “ヤンデレ” のごとく、ゆがんだ重い愛情表現をぶつけてきそうと言及されていた。


 一応だが、痴情のもつれは前世の宮中にて幾度となく、女官達が楽しそうにさえずるのを聞かされた手前、いたずらに刺激する言動を取らないのが常道であり、無難だという程度の認識は俺にもある。


 先ほど性格の一端が垣間かいま見えた人狼娘を含め、い関係を維持できるような配慮も必要かと黙考していたら、改めてリィナが言葉をつむいだ。


「何となく、思考は読めるけどさ… その点、私って “いい女” ね、嫌なことがあっても早々に忘れる主義だし、変な後腐れも無いから♪」


むしろ、都合の悪い記憶もすべてが忘却の彼方かなたでしょう」

『ご主人、だまされては駄目』


 勝手知ったる親友や、妹分に突っ込まれようと余裕の態度を崩さず、自由気侭きままに笑って退ける半人造の少女ハーフホムンクルスは今日も楽しそうで何より。


 何度か途中の休憩を挟みつつ、所々で会話を交わして二刻ほど進むと、遠目に馴染みのある港湾都市ハザルの灯台が見えてきた。

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