第145話

「ん… これを水が入ったフラスコ部分の下に置いて、後は沸騰するのを待つだけ」


 芯に火の点いた酒精洋灯アルコールランプ硝子ガラスで作られた模型の定位置へ差し入れて、状況の推移を見守るヴァネッサ女史の動きに触発されて、誰かの人生を巡る “邯鄲かんたんの夢” で鍛えられた灰色の脳細胞が賦活ふかつ化する。


 ゆえに蒸気機関なるものが本格稼働の前であろうとも、大枠のが理解できた。


「なるほど、熱された水の気化膨張による圧力を使うわけだ。ただ、効率よく動力に転換しないと、実用に耐えうる出力は確保できないな」


「肝要なのは反復レシプロ運動を引き起こす滑走弁と復水器ね」

「二本ある芯棒ピストンのうち、片方にそなえているふたのあたりか?」


 かすかな煮沸音が聞こえる中、もう一本を内蔵する大きなシリンダーに対して、気体の流入先を切りえる仕組みに着目していたら、硝子ガラス張りの機関が動き出す。


 心臓部たる横向き円筒シリンダーの右側へ流れ込んだ熱い蒸気の圧力により、活塞かっそくの仕切り板が押されていくことで左側の気体が凝縮冷却されると同時、それと一体化する芯棒も水平に動いて複合的な連結軸を挟んだ先の円盤がまわった。


 その回転は似たような間接形式で接続された滑走弁付き芯棒にも作用して、他方とは反対へ押し込み、付随ふずいした弁の動きで蒸気の経路が左側にわる。


 活塞かっそくの板で分けられた円筒内にいて、右側と左側の状況が逆転すれば圧力による運動の方向性も変わるので、間を置かずに弁の位置が戻り… 何度もピストン運動を反復し始め、勢いよく円盤を回転させた。


「凄いな、この気圧変化を利用した循環器の構造や、水平から回転に動力転換させる機序きじょを最初に考えた奴は」


勿論もちろん、すべては先達せんだつが残した知識や技術があってのこと」

「だからこそ、健全な文明発展のため、導くことの意義があると?」


 “少々、上から目線のように感じるな” と言い添え、目前で軽快な音を鳴らして、絡繰からくり続ける外燃式の機関を眺めつつ、何の動力に適応できるのかを考え込む。


 すぐに思いつくのは生まれと育ちもあって、交易船や軍艦であるものの、両舷に外輪を実装するような方法の場合、前者は良いとしても後者に向かない。


(海戦のおりき出しの動輪を狙われて破壊されたら、洋上で進退きわまる)


 また、蒸気で勝手に走る荷車も、街道が “徹底的に維持管理” されてない限りは道なかばで足元から壊れやすく、馬がいないだけに苦労しそうではある。


「…… 丈夫な “鉄の道” でもくか?」


「ふふっ、発想の行きつく先は旧人類と変わらないわね。あまりに性急な交通革命を起こされても困るから、それはひかえて欲しいけど」


 心の呟きが漏れていたらしく、まだ時期尚早だと言及する女史を敵にまわすのは得策でないため、素直にうなずいて “どの程度なら良いのか” の認識をり合わせる。


 半刻ほど話し合った結果、技術開示を含む要求などは王家にも顔のく “導き手” が抑えるという条件の下、蒸気船にかかる試作機の開発をウェルゼリア領内で行うことや、市街地でも使用可能な製粉機の動力とすることで落ち着いた。


 余談だが… 思わぬ技術提供のお誘いにより、当初の目的である珈琲コーヒー焙煎ばいせん方法を聞き忘れたのは、弁解の余地があると言い訳させて欲しい。

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