第132話

「あれ、幾何きか学も取ってるの?」


 目聡めざとくこちらの手元にある資料の裏面を一瞥いちべつして、随所ずいしょに書かれた多面体の端くれでもとらえたのか、驚いたような声でセリカが疑問をていする。


 満丸になった瞳が正しく猫のようだとせんなき思考をよぎらせてうなずけば、やさぐれた態度の細マッチョが両掌を天に向け、お手上げの素振りを見せつけてきた。


「まったくって余裕だな、ウェルゼリアの若き碩学せきがく様は……」

「その二つ名、分不相応だから止めろ、厳密に言うと俺は学士ですらない」


 大仰おおぎょうな扱いは若輩の身ゆえに好ましくないので、厳しい口調でオルグレンの物言いに反駁はんばくすると、今度は胡乱うろんな眼差しのセリアが口を挟む。


「公的な称号は専門性を保証するけど… 学位がすべてじゃないし、疫病対策で国内の草花を集めて、薬効やっこうせんじ方を書籍にまとめた人が言ってもね」


「くッ、良かれと思い、支援団の修道士らに写本を持ち帰らせたのは失敗だったか」

「うちの店にもあるよ、育成中の魔獣が体調崩した時に餌と薬草を混ぜるから」


 双子の姉に続くもう一人の猫虎人が発した言葉を信じるなら、需要に応じた数が書きうつされて王都の市井しせいへ出まわっているようだ。


 間違いがあっては困るために医師や薬師の資格を持つ教会関係者らも抱き込み、豚鼠モルモットなど使った動物実験を繰り返して確実なものを厳選した経緯けいいから、誰かの健康を害するような記述は無いものの、使い方にる部分は大きい。


「過ぎたるはなお及ばざるがごとし、適量の服用が守られるのを願うばかり」


過剰摂取オーバードーズなんて、もはや個人の問題でしょう?」

「うん、気にしなくていいと思う… というか、勉強しないと!」


 小さく首肯したセリカが我に返り、解法かいほうの続きを教えろと講師役の姉にせがむ。


 熱意があるのは良いことなので水を差すのもはばかられるが、しれっとまぎれ込んでセリアの教えをうオルグレンに対して、湧き上がる違和感をいなめない。


「…… 結構、貴様らの仲は良いんだな」


「中等科の頃、王立学院に野蛮な獣人が編入したという話を聞いてね」

「こっちも、浸食領域の森で半年も生き延びた野生児を見てやろうかと」


 互いに指差して物見遊山の出会いを語り、意外にも気が合ったので友諠ゆうぎを結んだと締めくくる。


 芋づる式に妹の方とも関わりが生じて、第二王子や主従の令嬢も含めた面子めんつにて学院生活や、学年単位での実地修練など通じて交流を重ねたとの事だ。


「継承者争いでは第一王子、ルー先輩に付くけどね」

「縁の深さは彼がまさっているし、放っておけないの」


 “例え正しい行為でも、誰かを傷つけるなら意味がない” と断じて、自身の主張をおさえる優しくて甘い部分があり、何処どこかでつまずきそうだと猫虎人の姉妹は心配する。


 聞く限り為政者いせいしゃの親玉に向かない性格であること、即位後は被差別的な地位にある獣人種をそばへ置きがたいことも考えたら、無闇に後継の指名を受けなくて良いのでは? と思えてしまった。

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