第133話

 某猫虎人の姉妹にしたわれる優男をあわれんだ一幕より三週間足らず、慌ただしく学院の試験期間が過ぎ去って結果を通達された日の午後、難関科目の認定証ディプロマを取りそこねた落伍らくご者が円卓に突っ伏して重い呻き声を漏らす。


「ぐはっ… オルグレン、お前もか」

「ははっ、あと一点でも低かったら、僕も駄目だったけどね」


 やんわりとした笑みで親友たるレオニスの怨嗟を受け流すも、胸裏に秘めた優越感を隠し切れないようで、鍛え抜かれている体躯たいくを持つ青年の口端は緩んでいた。


 それだけ履修者の半数以上が涙を呑む、代数学の合格は嬉しかったのだろう。


 要点指導の御礼に奢ってくれるというので食堂へ向かうと… いつもの定位置とやらには金髪碧眼の公子と馴染みのあるエミリア嬢、その学友で侍女を勤めるイングリッドが陣取っており、こちらは近場の二人席へ腰を下ろすことになって現状に至る。


(さしずめ、第二王子らの茶会にお邪魔している様相だな)


 仲間内で唯一、話題となっている科目の落第点を叩き出したのが旗頭はたがしらなのもあって、如何いかにも締まらない印象を受けてしまうが、其々それぞれに実力のある者達だと考えた方が無難なはずだ。


 ようやく期末試験の重圧から解放され、軽口など叩き合う四人に話を合わせながらも、中立をうたう宰相閣下のご令嬢が一方にくみして良いのかと、おりに触れて胡乱うろんな眼差まなざしを投げていれば視線がまじわった。


「何となく言いたいことは察せられますが、親戚付き合いが長いと情も湧くのです」

「あぁ、覚えている範囲だと、4~5歳前後から一緒にいた記憶はある」


 おいそれと遊び相手をあてがえない王侯貴族の事情もあり、幼児期の正常な発育をうながすため、家柄が近しい血族の子らを出会わせるのは常套じょうとう手段のひとつ。


 現王の息子と宰相をつとめる公爵家の娘なら、まだ均整の取れた関係と言えるのだが、物思いにふけっていたレオニスの表情が段々と曇り始める。


「ままごとは良いとして、ハウンドはない。せめて人語を話させろ」

「… 若気のいたりです、忘れてください」


 幼少のみぎり、グラシア原産の狩猟犬を父親に強請ねだって却下され、諦めきれなかった公爵令嬢が幼馴染である第二王子に肩代わりをさせたくだりを聞き、思わず小さな笑いが漏れてしまう。


 されど対面の細マッチョも呵々かか大笑しており、“黙れ下郎” と鋭く睨みつけるような侍女、イングリッドの視線に射抜かれたのは奴だった。


「大きく口を開けると馬鹿面にしか見えない、それに……」


 “僭越せんえつながら、過去を引きずる男はモテませんよ” と、今後も見越した黒髪少女は親友の名誉が毀損きそんされる芽を摘むため、堂々とうやまうべき公子に釘を刺す。


 それに少量の香草茶で喉を湿らせたエミリアも便乗して、さらりと追い打ちの言葉を紡ぎ出していく。


「一時は距離を置いてましたけど、王族ゆえの尊大な態度で暴走しがちな貴方をいさめ、大きな問題が起きないように立ちまわっていたのは私です、お互い様では?」


しかり、言及されると嫌なことは幾らでも思いつく、そちらとだな」

「ふふっ、“心やすきは不和のもと” です」


 近しい間柄であればあるほど、遠慮を欠いて不仲になりやすいとする諺など挟んで、黒歴史を語り合った二人は穏やかに微笑み、ティーカップへ唇を添えた。

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