第129話

「商談、成立です♪」


 露骨にほがらかな笑顔を向けられると、何か重要な点を見落としている気がするも、微に入り細を穿うがつように疑うのは不毛なため、楚々と差し出された銭袋をつかみ取る。


 空いた小盆に複数枚の羊皮紙を乗せてやると助祭は片手持ちに切り替え、反対の手でマナ結晶体がまった少し大きめの布袋を受け取って、その検分を所望しょもうする大司教の下へ持参した。


「何となく、気配で察していましたけど、砂漠の狂える詩人アブドゥル・アルハザードよってもたらされた 『死霊秘法ネクロノミコン』 の西方大陸語版、その一節でしょうね」


「恐らく数百年前に翻訳されたものだろう、こちらでも念入りに時間を掛けて調べたが、“幽世の夜鬼ナイトゴーント” や “塵埃を踏み歩くものクァチル・ウタウス” に触れているようだな」


 学院所蔵の文献をあさっていた際に禁書の閲覧えつらんが認められず、困っていた時に出くわした某老教授や、御付おつきのメイド少女から教えてもらった事柄を伝えると、ディアナは薄赫うすあかい瞳を細くすがめる。


「やはり教皇猊下をしたう過激派が持ち出した海都の魔導書を扱うだけはありますね、蕃神ばんしんや眷属らの知識も相応といったところでしょうか?」


「…… 戦利品のつもりだったが、本来の所有権を持つのが聖国なら返却するぞ」

「いえ、“討ち手” に処遇含めて捜索を依頼したのは教皇庁です、別に構わないかと」


 “ただ、普公教会の方々が良い顔色をしないので、見せびらかすのはひかえてくださいね” と、みずから振った話に対して我関せずを決め込む。


 その様子に強張こわばっていたフィアが胸を撫ぜおろし、安堵あんどの息をいた。


「おとがめは無し、ということですね」

「えぇ、我々はジェオ・クライストによる『ルルイエ異本』の所有を認めましょう」


 何気なにげに少数精鋭の護民兵団を持ち、英雄とげた司祭の血を引く “人外のごとき猛者” も多数在籍させているため、地母神派の後ろ盾があるのは普通にありがたい。


 本質的に異端の寡勢かぜいであっても、唯一の存在をほうずる教会組織で聖母の神格化を黙認させるほどの功績があり、国家の枠を超えた人々の信頼があるのも魅力的だ。


(柔軟に見えて、根っこの部分は絶対に曲げないし、王侯貴族の受けは悪いがな)


 子なる神の母をあがめるゆえ、若い聖女らを中枢ちゅうすうえる型破りな慣習もかえりみて、確かに変わった連中だと思いつつ、社交辞令も混ぜた雑談を今しばらく皆でしていれば……


  王都にける教会と自身の関わりの少なさもあって、積極的な発言をせず、沈黙気味だったリィナに大司教たる淑女の矛先が向いた。


「ところで貴女も一応、うちの修道女シスターですよね。お勤めは果たしていますか?」

「ん~、院の宿舎に住んで、稼ぎの数割を入れていた頃より微妙かもしれません」


「いえ、日々のお祈りと清貧な生活も大切ですが、ちゃんと “可愛がられている” のかと… 惚れた英雄を篭絡ろうらくして子を成すことこそ、優先されるべき使命ですから」


 ずいと私的な領域へ踏み込んでくる相手に頬を引きらせ、迷惑なので黙らせろと半人造の少女ハーフホムンクルスが幼馴染を見遣みやれども、巻き込まれたくないフィアは視線をらす。


 困り顔のまま彼女が固まっていると、その原因であるディアナは妙案が浮かんだという仕草しぐさで両掌を打ち鳴らした。

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