第128話

おおむね、私の把握はあくしていた状況と相違ありませんが、もう数日ほど様子見の期間を置いて、行政府や官憲らの詰所つめしょに昏睡事件の顛末てんまつを伝えましょう」


「…… んぅ、“把握はあく” ?」


 終始笑顔のまま腰元へ伸びるつややかなあか色の髪を微動させてうなずき、見目麗しい大司教は何食わぬ顔で話を進めようとするも、上司の発言に引っ掛かりを覚えたようで… 事の次第など報告していたフィアが小首をかしげる。


 いち早く察したリィナが背後より純真な幼馴染の耳元で囁くのを眺めて、俺も苦笑交じりに言葉をつむいだ。


「動きづらい理由があったのか、こちらの器量きりょうを試されたのか」


「ふふっ、両方ですよ。偉くなれば迂闊うかつな言動が取れませんし、貴重な教会所属の司祭をはべらせる以上、その人物を見定めておく必要がありますから」


 悪びれなく答えた二十歳前半の淑女レディ、王都の地母神派をべるディアナ・アマデウス・カンパネラが祈ると、ステンドグラスより差し込む陽光が一瞬だけ強くなり、聖堂内に数え切れない無数の小さな光球が顕現けんげんする。


 所謂いわゆる、“輝きの精霊ウィルオー・ウィプス” らは胸元で組まれた指がほどけると虚空に消えたものの、手駒の水妖らと似たような能力があるらしく、様々な情報を拾い集めてくれるとの事だ。


ゆえに貴女のことも知っていますよ、可愛らしい狼さん♪」


 懇意こんいな態度で大司教に話を振られたウルリカはしゅの本能に従い、彼我ひがの力量差を感じ取って人の背中に隠れながら、“ご主人、あれは危険” と警告する。


 護民救済を掲げる手前、単騎でも魔物の群れを蹴散らせるような絶対的強者が高位にくという、地母神派の慣習や仕組みをかんがみれば有り得ないのだが、一見すると虫も殺せないような手弱女たおやめに見えるのが恐ろしい。


 そんなことを考えていたら、微笑ましげに人狼娘を眺めていた淑女が向き直って、にわかに相好そうこうを崩した。


なつかれていますね、ジェオさん」

「うぐっ、嫌われるのは好きじゃないんだよ、経験上」


 前世の反省点を踏まえて、なるべく誰とも敵対しない方針を採用した結果、八方美人に成り下がっている現況をうれい、色々と御託ごたくを並べていれば聖堂の袖廊しゅうろうから年若い助祭がこちらに歩み寄ってくる。


 捧げ持たれている銅製と思しき小盆には、これ見よがしに銭袋が乗せられていた。


「同志フィアの報告にあった魔導書の断片や、純粋なマナ結晶体は聖マリア教会が買い取らせてもらいます。袋の中身は大金貨6枚ですけど、異論はありませんね?」


 それ以上は出しませんよとうそぶいて、昏睡事件の解決に掛かった実費を上まわり、冒険者組合ギルドに丸投げした場合よりも安い金額を大司教が提示する。


 実質的な報酬から必要経費など除いた残額を頭数で割り、一人当たりの取り分を皮算用しつつ、仲間二人の反応も確認して同意すると満足げにディアナはうなずいた。

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