第123話 ~とある人狼娘の視点~

「きっと、何処どこぞのお貴族様だね、あいつら根性がゆがんでるの多いし」

「俺も評判がかんばしくない、ウェルゼリア卿の息子だと言うのを忘れるなよ」


 真新しい家の居間へ置かれた二人掛けの寝椅子ソファーに身体を預け、あたしウルリカを抱き締めて獣耳を触っているリィナがあいも変わらず、適当なことを独断と偏見へんけんのたまう。


 この人は感情に凄く正直、うん、覚えた。


 それと反対にご主人は情動的でないから、よく分からないけど多分、喜怒哀楽を人前であらわにするのは “愚かしい” とか思ってそう。


(不思議、気取った人、苦手なのに……)


 ずっとしいたげられて弱くなった心の隙を突かれ、たっぷりと可愛がられて餌付けされたせいか、強者にかれる人狼族のさがか、あんまり気にならない。


 どうして、助けたのかを問い質したおり、“絶望に染まった子供を放っておけないだろう?” と、照れくさそうに返してきた姿だけが脳裏に焼き付いている。


 斜向はすむかいで意匠ぞろいの椅子に座り、帰宅後に伝書鳩で届けられた麻紙を眺める黒髪緋眼のあるじうかがえば、今は口端を吊り上げた悪い顔で笑っていた。


「都市イルファの管轄区域で王国編入を問う投票日が決まったらしい、順調だな」

「ふふっ、華国でいう “” だっけ? 皆をあおってよく言うわね、ダーリン」


「感染症対策の広報紙を配った下地があるからな、後続の支援団が現地の文屋ぶんやに作らせている一枚刷りの紙面も、市井しせいで好評をはくしているようだ」


 “情報を制する者はすべてを制す” とうそぶき、人々が興味を持つ様々な話題に織り交ぜて、政治的に意図した方向へ誘導するとか小難しい話は理解できなくても、ご主人が嬉しそうなので構わない。


 静かに微笑みながら、ぼんやりとしか見えない右眼で見詰みつめていたら、不意に視線が交わった。


「何やら楽しそうだが… 午前中に身請みうけの手続きも済ませたし、お客様扱いはここまでだな、支払った金額分は働いてもらうぞ」


「ん、一生懸命、お世話する」


 少し前、不正行為による押収品として、公売に掛けられたあたしを金貨数枚で買い取ったご主人、“今月の出費が洒落しゃれにならない” と悲しそうだったのは覚えている。


 それに優しくしてもらった恩も返すべきと、拳を小さく握り締めれば、背中側から前へまわされた両腕のハグが強くなった。


「毎度のこと、照れ隠しに悪ぶってるだけね、話半分に聞いておくと良いわ」


「むぅ、働かざるもの、食うべからず」

「それなら、先ずは両目や犬歯を治してもらわないとね、フィアまだかな?」


 お勤めに出た異教の司祭が戻ると、濁り腐って包帯が巻かれた左眼も、ご主人の禁術と治癒魔法の連携で完治すると言うけど、これもよく分からない。


 この状態から視力が回復するなんてあるのだろうか? などと疑ったものの、夕食を待たずして不可能ではないと証明される。


(かみさま……)


 とてもとても古い時代、ご先祖様らが異界カダスに住んでいた頃、恐れたてまつっていた旧支配者につらなる御業に触れて、思わず内心で呟いてしまう。

 

 復活した左眼の涙腺より、生理学的な反応で流れる涙をぬぐいつつ、受けた厚意にむくいるのは大変そうだと気持ちを引き締めた。



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新聞というのも古い言葉で、当然ながら製紙法の発祥地である中国で生まれたものです。確か、西暦800年代の唐で普及し始めた経緯があると記憶してます。

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