第121話

『『いあ、いあ~、むぐるうなふ~♪♬』』


 楽しげにうたいながら、走りまわる人形サイズの水妖らと見取り図を持たせたリィナに導かれ、回復魔法による急激な新陳代謝の影響で疲労困憊な人狼の少女を抱えつつ、隧道ずいどうを歩むこと四半刻ほど… 地上に続く階段のうち、目当ての物が見えてくる。


 ここまで来ればお役御免ごめんなのもあり、従魔の水妖らを足元へ集めて、核たる菫青きんせい石に宿らせた魂を異界へ送り還した。


『『じぇお、ばいばい~』』


 手を振りながらも、溝渠こうきょの水で成された透明な身体は崩れ落ち、十一個の青い鉱石だけが地面に残る。


「ん~、可愛かったのに勿体もったいないね、フィアもそう思わない?」


「否定はしませんが、あれは蕃神ばんしんの眷属です」

「堂々と街中で衆目に触れさせるのも不味いだろうな」


 もっと言うなら、冒険者組合が管轄かんかつを委託された上下水道のある迷宮浅層へ潜り、地下墳墓カタコンベまで足を運んだ俺達も薄汚れているため、目立つのは避けられない。


 それも踏まえて、工場区画のねぐらに近い出入口を帰路に選んでいたり、出掛け前に風呂の準備もしていたりする。


「はやく帰って身綺麗になりたいです」

「むぅ、一番は譲らないよ、何で決める?」


「…… お前ら、沸かす俺への配慮はないんだな」


 声をそろえて淑女レディが優先されるべきと、当然のごとく訴える二人に溜息を吐き、いつの間にか腕の中で浅い微睡まどろみに落ちていた少女を抱え直す。


「ん…うぅ……」


 小さく呻いた人狼娘を落とさないよう、注意して階段を登り切れば製紙工場の敷地に建つ住居まであと少し、特に問題が起きるようなこともなく順当に辿り着いた。


 その後はメダルトスで勝利を収めたリィナにかされて浴室へ直行、いつものように属性魔法で作った火球をバスタブへ落とし込み、ほどよい温度の湯船へと変える。


 やや魔法の無駄づかいな気もするが、寝ぼけまなこの少女を託して食堂兼用の居間に戻ると、手拭てぬぐいで簡素に身なりをととのえたフィアがいきどおり、口をへの字に曲げていた。


「これ見てください、ジェオ君。裏表が一緒ってベタにもほどがあります! なんで、こんなのあるんですか、もうっ!!」


 藪から棒に突き出されたメダルを受け取り、両面にられた意匠を見遣みやると、確かに同様のものが刻まれている。


 白地あからさまな子供だましの仕掛けであるため、普通なら疑わない意識の盲点を突いた嫌がらせと言えなくもない。何度もだまされないよう、去り際に手の内をさらしていったのは親心のようなものだろうか?


(えて指摘するのは藪蛇だな)


 ふんわりとした性格に見えて、やられたことは忘れないフィアの気をまぎらわすべく、吸命の魔法陣に使われていた断章の解析等、諸々もろもろの事柄について話を振る。


 取り分け、保護した人狼娘については本人に自由民か、奴隷のたぐいかを聞いてから役場へ連れて行き、虐待の痕跡など見せた上で身元を調べなければならない。


 そこで出自が判明するか否かによらず、不当な扱いを受けていることを理由に貴族子弟なり、宰相付き調整官の立場を活かして一時的に身請けする腹積もりだと伝え、こじれた場合は地母神派の教会にも一枚噛んでもらうように頼んだ。

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