第114話

 暗がりの中、こういう時は先頭を譲らない、斥候のリィナが右手には取りなわしやすいなた剣、左手には角灯カンテラを握り締めて、かつての迷宮浅層を進む。


「ん~、思った以上に横幅あるし、天井も高いね。いつもの双刃で良かったかも?」

「私は聖槍を振りまわせるので助かりますが、この様子だとかなり広そうですね」


「まぁ、直接的に隅々すみずみまで調べる気はないけどな、そこの突き当たりで止まろう」


 薄ぼんやりと最初の分岐にあたるT字路が見えて、微かな水音も届いたことから、仲間の二人に声掛けして “待った” をかけた。


 直角に交差する隧道ずいどうには広めの溝渠こうきょが掘られており、王都の南西部を通り抜ける河川より、地下に誘引された水がよどみなく流れている。


「どっちに向かいますか、ジェオ君?」

「その前に仕込みを使わせてもらおう」


「昨日、買いあさっていた小粒な菫青きんせい石ね、余ったら頂戴♪」


 あざと可愛い仕草で半人造の少女ハーフホムンクルス強請ねだるも聞く耳持たず、革袋から取り出した河原でれるという不揃ふぞろいな鉱石をばらき、すべて水没させていく。


 もの惜しげな声に動じることなくひざまずいて、普段は別次元の領域に収めている海都の魔導書を流体金属の形状で呼び寄せると、左腕部をおお鈍色にびいろの装甲とした。


 いで左掌を溝渠こうきょの水にけ、清流のマナを深く感じ取る。


「絶えずうつろう姿なき旅人、惑星ほしを巡る天の雫よ」


 頭によぎふるい誓約の一篇いっぺんを呟けば、無数の泡と共に十三体の小さな人影が水面へ浮かび出てきた。


 全身が水で構成されているものの、人形サイズの体内に取り込んだ鉱石の差異で、透明なドレスの意匠や姿の異なる乙女らがうごめき、こちらを見上げて唱和する。


『『『いあ、いあ、くとる~♪』』』


「…… 無駄に可愛いですけど、名状しがたほのかな邪悪さを感じます」

「水の精霊ならぬ、水妖だからな」


 愛くるしい蕃神ばんしんの眷属を眺め、どうしたものかと逡巡の声を漏らすフィアはさておき、無言のまま思案するリィナが突飛とっぴなことをひらめく前に散開させて、第三層に続く冒険者ら御用達の直通階段がある場所以外へ向かわせてしまう。


 やや不満げな表情で半人造の少女は桜唇おうしんを引き結ぶも、致し方ない。


「むぅ、干し肉で餌付けして、手懐てなずけようと思ったのにぃ」

「既に隷下れいかではあるんだが……」


 水面を滑るように地下隧道ずいどうの奥へ駆けていった従魔らは、限定的な範囲に飛ばした魔力波の定位反射を拾う能力があるため、水路づたいに地表も含めた広域の情報をもたらしてくれるだろう。


 それらを統括的に判断して、大規模な呪法の “核” となる何かを見つけ、すみやかに排除すれば万事解決だとのたまい、少々芝居しばいがかった身振りでおどけてみせた。


「ダーリン、出会った頃は爆弾魔ボマーだったけど、水の魔導書に引っ張られてない?」

「一概に否定できないな、意識に留めておこう」


 依存し過ぎたら足元をすくわれそうだと自戒しつつ、次の動きを問うようなフィアの眼差まなざしにこたえ、こちらも果報を寝て待つのではなく王都の中心部に移動する。


 角灯ランタンかざして進むこと十数分、目的の場所へ至るよりわずかに先んじて、水妖の一体が異物の存在をとらえ… あっさりと溝渠こうきょの水に還元させられた。

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