第107話

 泣く泣く予期せぬ出費に応じた半人造の少女ハーフホムンクルスらと、王都にける長期の護衛依頼を結び直した翌々日、地母神派に属する大司教のお願いがらみで学院の一角へ足を運ぶ。


 最高学府で知識を付けようと集まった様々な年齢層の者達に向け、増築を重ねた各寮の部屋数が多いことから、敷地内に併設された病棟を訪れるためだ。


 薬草をおろしている聖マリア教会の伝手つてにより、面会の約束を取り付けた魔法科医師の案内で四人一組の病室に入れば、昏睡状態の中等科生徒が三名ほど眠っていた。


「なんか、心地よさそうに見えるね、無為むいに起こすのが躊躇ためらわれるくらい」


市井しせいの診療にまわった修道士らの報告では数日振りに目覚めた後、再び体内のマナが失われて昏睡する過程で苦痛を味わうようです」


 遠慮なく患者の一人に近づいて寝顔などのぞき込んだリィナの服すそを掴み、引きがしつつもフィアが症状に言及すると、隣にいた医師の声が耳朶じだを打つ。


「強制的に漏出させられるマナは魔力でまれた不可視の糸を伝い、何処どこかに送られているとおぼしいが… 患者の身体経由で解析を試みても、すぐに切断されてしまう」


 それも一時的なものに過ぎないことから、少してば糸の繋がりは復元されてしまい、イタチごっこになるとの事だ。


 病棟の医師達は学院の講師も務めるだけあって、世間を騒がせる昏睡事件の解決に寄与すべく、既に様々な試行錯誤を積み上げているようなので、少し踏み込んだ質問を投げてみる。


「外部からの魔力干渉を断つ絶縁結界は?」

勿論もちろん、有効だよ。隔離の状態ならマナの収奪は行われない」


 ただ、三桁越えの意識不明者が出ている王都の現状、すべての被害者にこの方法が適用できるはずもない。


 恒常こうじょう的な結界の維持は想像以上に負担が大きく、日々の生活が送られる規模の領域となれば言わずもがな、裕福な極一部の者達に限られるだろう。


「眠り姫になった伯爵令嬢とか、修道女らシスターズの噂話で聞きましたけど……」

「ん~、お貴族様でも経済的に厳しそう、一般市民には到底無理ね」


 何気なく呟いた幼馴染に触発されて、諸々もろもろの経費に思いをせたリィナが言い添えると、肯定するように担当の医師もうなずいた。


「費用対効果が悪くて根本的な解決にならない以上、無責任に推奨するのははばかられるし、この昏睡は現時点の結論だと病気のたぐいですらない」


「やはり “呪い” か、失礼させ… 何故、邪魔をする?」

「ダーリン、それは普通に駄目だから」


 一応の断りを入れながら、眠る中等科女子の心臓付近へ手を伸ばすと、横合いから腕を止められてしまう。


 確かに意識のない少女の胸を触るのは倫理的な問題がありそうなため、精度は落ちるものの額に触れて身体を循環するマナに傾注けいちゅうしたところ、手首に巻き付く魔力の糸が感じ取れた。

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