　都市郊外にグラシア王国の支援団が本営を構えてから三ヶ月、若き碩学（せきがく）の主導による疫病対策の効果が顕（あらわ）れてきた昨今、そこかしこで日常の光景は戻りつつある。

　目に見えて感染者や死者の数が減るのに伴（ともな）い、閑古鳥の泣いていた夕刻前の市場には活気が戻り、食材を買い求める人々の表情にも笑顔が垣間（かいま）見えていた。

「やはりジェオ君は英雄、若しくは賢者の部類（ぶるい）ですね」

「素直に惚れてると言いなさい、結構面倒な性格だよね、フィアってさ」

　胡乱（うろん）な琥珀色の瞳を向けてくる幼馴染に怯（ひる）まず、自身が寄り添う君主の器量を讃（たた）えるも、やや倒錯（とうさく）的に見えるのか、護衛の冒険者らに苦笑されてしまう。

「まぁ、なんだ、教会から専属の司祭が派遣されるのは名誉なことだが」

「重いっすよ、そこまで懸想（けそう）されていたら」

　勝手知ったる港湾都市ハザルの組合（ギルド）に属する者達のため、私の胸中など見抜いていると言わんばかりの露骨な態度、これは頂けませんので悔い改めさせねば。

　少しだけ憤（いきどお）りながらも赤く染まった顔を背け、軽く咳払いをひとつ。

「んぅ… 市場の視察は程々にして、商業組合（ギルド）に伺（うかが）いましょう」

「ふふっ、仕入れの要望を聞いて上げないと、お店屋さんが困るよね～」

　軽妙な仕草（しぐさ）でおどけるリィナはさておき、経済の正常化を阻害し兼（か）ねない市井（しせい）への無償支援は控（ひか）える段階に来ており、受注品を原価で売り捌（さば）くという慈善事業の時期も過ぎたように思える。

　まだ諸国の封鎖が解除されてない以上、外交を肩代わりする支援団に主権がある現状など踏まえて、適切な利益を卸値（おろしね）に乗せると伝えたら……

　老獪な商人らの猛反発に遭（あ）い、延々と揉めているうちに日が暮れた。

「なんで貿易商（うち）のセルジさんが居ない時にお金の話するかなぁ、もう！」

「うぐっ、面目ありません、判断を誤りました」

「まぁ、進展はあったし、酒と肴（さかな）でも買って帰りましょうや」

「良い気晴らしになりますよ、お二人とも」

　不機嫌なリィナを気遣（きづか）い、先日飲んだ美味い銘柄を勧める冒険者の一人に酒蔵までの案内を任せて、数分ほど入り組んだ路地を進む。

　徐々に人の気配が無くなってきたことで、幾ばくかの疑念が生じた刹那、振り向きざまの斬撃が私の喉元に迫った。

　それを無刃（むじん）の聖槍で弾き、鋭く眇（すが）めた視線を投げる。

「…… なんの真似でしょう？」

「やっぱ無理か、凄げぇな、二つ名持ちは」

　こちらに答えることなく、連続的なバックステップで間者（かんじゃ）と思しき相手が飛び退（すさ）り、ぐにゃりと折れ曲がった長剣を忌々（いまいま）しげに捨てれば、狭所（きょうしょ）の前後を塞（ふさ）ぐように十名ほどの無頼漢が現れる始末。

「っ、少々厳しいようだな」

「不甲斐（ふがい）なくてすみませんが、頼らせて貰います」

　数的不利の状況に陥（おちい）った護衛役の三人が緊張感を漂（ただよ）わせる中、隣のリイナを一瞥（いちべつ）すると気負わず、自然体のまま踵（きびす）を返して無造作に動き出す。

　瞬時に視界から掻（か）き消えた幼馴染に遅れて、自身も最初の一歩を詰（つ）めた。

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