第70話 ~とある専属司祭の視点①~

「ご領主様の厳命で街に入れないとは言え、私が代表で良いのでしょうか?」

「ん~、なんかあってもダーリンが責任取るだろうし、構わないんじゃないの」


 活動拠点の構築から一夜明けて… 金銭に目のくらんだ、しくは信仰心の高さゆえ、危地へ飛び込んだ数名の冒険者に護衛されながら、修道士の一団を引き連れて病死体が散見される大通りを闊歩かっぽする。


 目立つ場所ですら、こんな有様ありさまだと思えば心がきしみ、体力のない老人や子供の遺体が多いのもあいまって、やるせない吐息が漏れた。


「いつまでも野ざらしなのは居たたまれませんね、フィア様」

「ウェルゼリアの若君わかぎみが言っていたように火葬でとむらいましょう」


「えぇ、街を代表する方々との顔合わせが終わり次第、すぐに取り組みます」


 “もっとも、ジェオ君の指示は感染源を処分する意味合いが濃かったですけどね” と内心で蛇足して、彼の為にもこの悲惨な光景を見せたかったと強く思う。


 私が導き、生涯を添い遂げる主君は “持たざる人々” の痛みを知り、生命の尊厳を最大限に重んじる者であって欲しい。


(そう願うのは我儘?)


 為政者いせいしゃたる者、幅広い公平性をかんがみるなら、個々の事情に合わせて大きくまつりごとを捻じ曲げるのは愚の骨頂。


 ある意味での常識はわきまえていれども、窮地きゅうちに手を差し伸べてくれた黒髪緋眼の少年は、幾ばくかの幼心を残していた自身にとって物語の英雄にほかならず、多くを求めてしまうのは仕方がない。


 密かな言い訳を挟み、好ましく想う相手を身体で籠絡した白藤髪の幼馴染にジト目など向けるも、勝手知ったる同性の親友なので困ったものだ。


 恐らく、向こうも似たような心持ちであり、こちらが強引な手段に訴えても文句は言わないのだろうが、初めては求められる形で捧げたい。


(うぐっ、本当にこじらせてますね)


 自らの面倒さに愕然がくぜんとなり、ひとり動揺していれば脇腹が肘で小突かれる。 

 

 反射的に隣を見遣みやると、四年前と変わらない少女姿のリィナが耳元に唇を寄せて、こっそりと囁くように話し掛けてきた。


「もう広場に着くけど、大丈夫?」

「っ、そうですね、“すべての人々が持つ可能性と幸せのため” に……」


 孤児である自身が感銘を受け、脳裏に刻んだ聖母の御言葉みことばを口ずさんで、王国西部の教会を統括する教区長より、過日にたまわった不殺の聖槍を握り締める。


 うたい文句によらず、数々の魔物をほふった無刃むじんの鈍器は身体強化済みの状態で振り回す必要もあって、かなり際どい法衣や部分鎧をまとうのは否めないものの、確かな手ごたえに気持ちがしずまった。


 意味が分からないほど過酷なサイアス氏ゆずりの鍛錬に付き合わされ、前衛特化の回復役ヒーラーと成り果てた挙句あげく、“槍の乙女” という二つ名まで付けられている現状には苦笑がこぼれてしまう。


 それを打ち消すと同時に思考も切り替えて、イルファの評議員や行政にたずさわる官吏かんり、各組合ギルドの者達が待つ都市の広場へと臆さずに足を踏み入れた。

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