第63話 ~ とある倉庫にて① ~

 丁度、王国の各地より救援物資が港湾都市ハザルに届き始めた頃、波止場はとばに近い倉庫街の一角にて少数の者達がつどい、多岐たきに及ぶ事柄のり合わせを行う運びとなる。


 会談に参加する一人、伝染病におかされた共和国都市の代表であり、評議会で重鎮を務める男は浮かべた微笑と裏腹にいきどおっていた。


(発症者を船倉に隔離した船内で一週間、連れて来られた検疫所での様子見を含めて二週間以上も待たされた挙句あげく、私の半分も生きてない若造らが交渉役とは)


 王国側に軽く見られている懸念けねんおさえて、微妙な位置で足を止めた行政局の官吏かんりに近寄り、握手を求めたものの嫌そうな態度で拒否されてしまう。


「次代の領主に接触を控えるよう厳命されています、ご理解ください」

「………… そうか、済まなかった」


 必死に自制して怒りを飲み込んだ直後、付き添いの従僕から隠し切れない不満が漏れていたのか、慌てて商人風の若者が杓子定規しゃくしじょうぎな相方の横に並んだ。


「こちらこそ申し訳ありません、イルファの評議員殿。彼は契約文書の草案と作成にけた優秀な役人ですが、世間知らずな部分もありますので御容赦ごようしゃを願います」


 慇懃いんぎんな仕草でことわりを入れた若者は救援物資の管理や、会計の一部を預かる中堅貿易商の長男だと名乗り、殺風景な庫内に用意されていた長机の席を勧める。


 その一方で自身は倉庫の奥へ向かうと、沖の船舶に積み入れて持ち帰らせる予定の物資をあさり、麻紙の束を見つけて運んできた。


 どんと机上に置いた紙束を紐解ひもとき、其々それぞれに疫病対策が記された書類を一枚ずつ手渡してから席に着けば、目ざとく隣の従僕と見比べていた評議員が唸り声を漏らす。


「これが貴領で造られた地場産の麻紙、寸分たがわない筆跡は活版のせるわざだな」


「えぇ、うちの弟が主計を担当する郊外の紙工場区で量産されたものですけど、一先ひとまずは印字された内容に着目してください、不敬の理由を説明致します」


 何の役にも立たない無益な誤解を払拭ふっしょくするため、若き商人は真摯しんし面持おももちで “病気の原因となるモノ” について、可及的速やかな知識の共有を試みる。


 異彩を放つウェルゼリアの碩学せきがく、領主嫡男たるジェオ・クライストの薫陶くんとうを直接受け、海都ルルイエの魔導書とやらの断章を叩き込まれた本人も信じ切れてないが、円滑に話を進める上で重要なことだ。


「手元の紙面にも書かれている通り、病気には原因があります。何も見つからないのは “目視できない” ほどに小さな微生物、若しくは物質ウィルスだからです」


 それらが呼吸や媒介者ベクターとの接触で身体へ入り込み、大きさは違えど寄生虫と同じく増殖することで、様々な弊害を生じさせて人を死に至らしめる。


 ゆえに病原体を持つ可能性がある者との触れ合いは避け、多少の距離を普段より保つのが肝要かんようと先方に伝えるも… やはりと言うべきか、疑わしげな眼差しが返された。



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ウィルスって細胞を持たないので、一般的に生物とは定義されてません。

増殖性の構造体という表現がよく用いられますけど、つまりは物質です。

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