第52話 ~ とある傭兵達の災難② ~

(さっきの攻撃は空間を跳躍させた紅蓮華の魔法か? だとしたら……)


 遮蔽しゃへい物の効果は薄いと、感覚的に引き延ばされた主観時間の中で即断してジェイズが飛び退くと、直前までいた方尖柱ほうせんちゅうの裏側にて小規模かつ、人を殺すには十分な爆発が生じる。


 ほぼ時を同じくして姿なき刺客の手により、また賊徒にふんする傭兵達が負傷したのか、小さな複数の呻き声が聞こえてきた。


「「ぐっ、うぅ……ッ、あ……」」

「ッ、面倒だな!!」


 初手で集団の頭を潰しにきたことなど考慮すれば、仕掛けてきたのは浸食領域にまう魔物ではなく、優先順位の判断ができる知性を有した存在、人類種である。


 なお、混乱の隙を突いて後手うしろでに縛られたまま逃げ出した金髪碧眼の公子や、小さな令嬢を含む王立学院の生徒らがたてになるかいなかは相手の素性すじょう次第であり、この状況で追い掛けるのも博打になりかねない。


 極端な話だが、敵はグラシア国教会に反感を持ち、貴族子弟の拉致もしくは殺害を狙う、教皇派の別組織という可能性すらある。


 あたかも、“木菟ずく引きが木菟ずくに引かれる” ような顛末てんまつが高速で思考する傭兵隊長の脳裏へ浮かび、見切りを付けた彼はラウル司祭がひそんでいる物陰に飛び込んだ。


「おいッ、ジェイズ、王子が逃げたぞ!!」

「まぁ、落ち着けよ、騒々しい」


 この期に及んで浮薄ふはくな態度を崩さない相方に呆れて、共謀犯の司祭は懐疑的な眼差まなざしを向けるも、マナ強化された膂力りょりょくで首根っこをつかまれて、隣の方尖柱ほうせんちゅうへ引きられてしまう。


 またもや空間系の複合魔法と思われる爆発が起こり、手駒の者達が無力化されていく窮状きゅうじょうで難を逃れた司祭だが、鳩尾みぞおちに焼きごてのような熱さを感じて苦鳴を上げた。


「ぐッ… な、なにを!?」

「悪いな、後始末も仕事のうちだ」


 雇用主たる教皇派の組織から最終的な証拠隠滅に加えて、国王派のヴァレス伯に損害を与えることも頼まれていた傭兵隊長の手には 、“重厚な装丁の本” が握られており、半ばまで司祭の腹に


 深海に沈んだ古代都市や、微睡まどろむ旧支配者について記された特級の呪物は唯一現存する写本なれども、ぞぶりと法衣を巻き込んで肉体に融合した部分より、水属性を帯びた膨大な魔力が流れ込んでいく。


「がッ、うぎぃ、痛い、痛いぃィイ!!」

「ちっ、まさか本物とはな」


 哀れな生贄の血肉が溶け合い、泡立ちながら増殖するさまにジェイズは眉をしかめ、軽く癒着した指の皮膚ごと魔導書『ルルイエ異本』を手放てばなすと、膨張に巻き込まれないよう後方へ跳ねた。


「最低限の義理は果たした、逃げるぞ!」


「失敗は否めませんが……」

「命あっての物種ですね」


 っ気なく呟いた迷彩外套姿の者達は身をひるがえして、探索道かられた森に駆け込み、木々の合間へ姿をくらませる。


 星拝せいはいの祭壇には “領域爆破” の魔法で死傷した襲撃者ら数人と、半透明で巨大な血色の粘液状生物アメーバが残されることになった。

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