第40話

 仄暗ほのぐらい森の中で時折ときおりに現れる遺物、異界カダスの言語が刻まれた石柱群などを眺めて、次元融合の作用で地図上の面積より広い浸食領域を進むこと半刻……


 いまだ普通の野生動物にしか出遭であっていないため、こんなものかと拍子抜けしていると、地図片手に先頭をいく斥候の娘が歩速をゆるめて止まった。


「さっきから、かすかにだけど 翅音はおととか聞こえない?」

「ふむ、ぎりぎりの及第点とは言えるな……」


 呆れたような我が師、サイアスの言葉で緊迫感が跳ね上がった直後、四方八方の木陰より不協和音が鳴り響き、わずか数メートルの距離まで俺達に忍び寄っていた拳大こぶしだいの蜂が何匹も突撃してくる。


「ッ、軍隊蜂レギオンホーネットか!?」

「刺されないよう、注意してください!」


 咄嗟とっさされたフィアの警告を聞き流して、互いの動きをさまたげないように散開しつつ、連続的にせまる二匹の大蜂を左右の拳打で叩き潰せば、黒い体液が飛び散った。


 さらに死角から襲ってくる伏兵の蜂も翅音はおととらえ、身体を旋回させての裏拳でたおしたが、如何いかんせん大蜂の数が多い。


「うぐ、小さくて槍が当たらない!」

「熱ッ、刺されたんだけど!!」


 敏捷性を重視したよそおいで、薄着になっている部分を狙われたのか、切れ気味なリィナの怒声が鼓膜を打つ。


 幸いなことに軍隊蜂は魔素の影響で肉食化した “クマバチ” が原種となっており、獲物を賽子サイコロ状の肉塊に割断する強靭なあごと牙はあっても、針のある雌は半数のみで毒性も低いのが救いだ。


 ただ、膜翅目まくしもくの例に漏れず、数分後に過剰な身体反応アナフィラキシーが起こる可能性は否定できないため、こちらと同じく大蜂を相手取りながらもフィアが幼馴染に近寄り、免疫系の抑制効果がある “不活性化イネルテ” と思しき治癒魔法をほどこす。


(地母神派の侍祭だけあって、手馴れている)


 蜂毒などの被害は森林部だけでなく市街地でも頻繁ひんぱんに発生するので、全身症状を起こして教会に運ばれる住民も少なくない。


 手当が遅れた場合、死に至る危険性を熟知していることから、動きの合間に歴史の中でつちかわれた対処術式を組んでいたのだろう。


 それを可能にする動体視力や体捌たいさばきはマナ制御の賜物たまものだが、元々の素養がある聖職者とはいえ、短期間で身につけているのは大したものだ。


 深く感心する一方で、ひとり軍隊蜂の包囲網を抜け、外縁がいえんで捕まえた魔蟲を投げてくるサイアスには苛立いらだちしか覚えない。


「ギィイッ!!」


 空中で体勢を整えた大蜂が怒り、眼前の俺に毒針を突き刺そうとするも、真横から右拳のフックで弾き飛ばして仕留める。


 さらに次々と周囲へ投擲とうてきされて襲い掛かってきた数匹も、そのサイズと素早さに応じて選んだ徒手空拳を振るい、八つ当たりのように撃墜した。


「せめて大人しくできないのか、馬鹿師匠!!」

失敬しっけいな… 弟子の成長を願う親心、分からないとは嘆かわしい」


 そううそぶいて悲嘆ひたんするどころか、口端に笑みを浮かべているあたり、まったくって腹立たしい限りである。



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※ 軍隊蜂の原型になっているクマバチ、結構珍しい部類で普通なら圧倒的に雌が多い蜂の中でも、雄と雌の比率が似たような数です。そして、毒性は低い代わりに顎の膂力があります。

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