第38話

「どうだ、それを直せる奴の当てはありそうか?」


 妻の遺品だという手鏡に意識を向け、大まかな修復の筋道など考えていると、待ちきれない様子のジャン氏が返答をかしてきた。


 引き受けるか否か、早く結論を聞きたいのだろう。


「どちらかと言えば治金やきん、もしくは錬金の領域になる。金に糸目を……」

勿論もちろん、付ける。しがない彫刻家に金子きんすを期待されても困るぞ」


「分かった、こちらで何とかしよう」


 そう小さく頷いて了承するが、冒険者三人娘の内、最も堅実な性格のフィアが咳払いして、いさめるように言葉をつむぐ。


安請やすうけ合いは禁物ですよ、ジェオ君。今以上に形見の品を損傷させてしまったら、言い訳が立たないですし、立つ瀬がありません」


「まぁ、道義的な部分はともかく、賠償責任の範囲だけは書面に残しておけよ」


 “あとで面倒になるぞ” と、気だるげな我が師サイアスも一言を付け加えたので、また商談相手の表情が硬くなってしまった。


 失敗の可能性がある手前てまえ、避けては通れない事柄のため、似たような劣化度合いの手鏡で試行を重ねてから、成功率の高い状態で本番に挑むことを約束する。


 若干、時間は掛ったものの同意を取り、紙幣の原版にかかる内容も含んだ子細をつめて、互いの役務えきむなどしるした書面は後日に持参する形で話をまとめた。


 それが済めば長居する理由もなく、途中で娘さんがれてくれた茉莉花ジャスミン茶を飲み干してから、手短てみじかに別れの挨拶を交わす。


 この段階になって、当初よりも態度を軟化させていたジャン氏は左手で頭をきつつ、無骨な右手を差し伸べてきた。


「手鏡の件、宜しく頼む。綺麗に直せたら、娘にやるつもりなんだ」

「あぁ、悪いようにはしない」


 簡潔に応じながらも堅い握手を終えて、残りの買い出しも終わらせるため、工房がある奥まった路地から大通りまで引き返す。

 

 その過程で背後より、ぼそりと口数の少なかった槍術士クレアが言葉をつむいだ。


「…… 紙のお金、ご領主が実際に持っている財産を担保にして、の量を作るんだろう。皆がに硬貨との交換を求めたら、焦げ付くんじゃないのか?」


「良い質問だが、すべての紙幣が出戻ってくるのは現実的にあり得ない」


 ゆえの金貨や、銀貨を用立てればいいと教えるも、まだ疑問は尽きないようでリィナが割り込んでくる。


「でもさ、肝心の領主家が戦争で負けたり、王様に嫌われて追放されたりしたら?」


「もはや、ただの紙切れだな」

「うん、私、なるべく紙幣は持たないようにする(キリッ)」


 至極、真面目な声で斥候の娘が宣言するも、希少だからこそ価値を持つ金銀に固執している限り、硬貨の発行量は制限されるので、経済成長に枷がめられてしまう。


 普及への道は遠かれども未来のため、徐々に広めていくしかない。そう決意しつつも、騒がしい雑踏の中へ踏み出した。

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