第30話

 諸々もろもろを差し置いても、現金な性格が奏功そうこうして上機嫌に転じたリィナは琥珀色の瞳をきらりとかがやかせ、もらい物の価値がどの程度なのかを見きわめにくる。


 下手に誤魔化したら、余計な騒動に巻き込まれねない可能性もあり、ここは勿体もったいぶらず答えておくことにした。


「多分、生産地だとがい算で都市部の家賃一ヶ月相当、王国内なら輸送等の諸経費と利幅込みで1.5~2倍の値段は付くはずだ」


「ん~、結構な代物……」

「こっそり、売り払うのは駄目だぞ」


 何やら考え始めた幼馴染にクレアが半眼を向け、人の厚意を無下にしないよう注意する姿など眺めていれば、くいくいと服すそが引っ張られる。


 若干の既視感デジャヴを抱いて見遣みやった先では、物欲に毒された侍祭の娘が薄っすらと微笑んでいた。


「“お身内価格” で、ひとつ取り寄せて頂いても?」

「あぁ、護衛依頼の報酬から、その金額を引いておこう」


 世俗的な色の薄い地母神派に属する教会でも、聖職者の謝儀しゃぎは平均的な労働者の賃金より割高だが、万一の取りそこないに備えて事前の支払いを持ち掛ける。


 ほぼ実費の範囲におさえることや、物品の引き渡しまで代金を預かるのが領主家なのもあって、したる疑義を挟まずにフィアはこくりとうなずいた。


 一応、クレアにも視線で確認すると、困ったように逡巡してから、ゆるやかな左右の首振りで否定してくる。


「あたしは粗忽そこつだから似合わない、残念だけどね」


 軽く溜息しながら、槍術士の娘は修道院に引き取られた幼い頃、寂しさをまぎらわせるための家族ごっこで、父親役ばかりやらされた恨みを吐き出していく。


たまには娘役もやりたかったのに… お陰でずい分と女らしくない言葉づかいや、男勝りな性格に育ってしまった」


「え゛、それが原因だったの」

「あぅ、なんか急に罪悪感が……」


 いま気づいたような仕草で驚き、ばつが悪そうに呟いた幼馴染らに呆れつつも、軽く肩をすくめてみせたクレアが話題を変える。


 にわかにつむがれた言葉は模擬戦の感想を求めるものだったので、忌憚きたんのない意見を述べさせてもらうことにした。


「簡潔にまとめると “臨機応変の皮を被った思考停止” に陥っている、かな?」

「うん、小難しくて分からないぞ」


 有無を言わさず、阿吽の呼吸で切り捨てられたのが可笑しいのか、一拍遅れてリィナが小さな笑い声を吹き零す。


 真面目に発言したので、葛藤を感じないでもないが、前世の記憶がある分だけ彼女らよりも中身は年長のため自重する。


「どうにも場当たり的な動きが多く、勝ち筋に繋がりがたいという事だ」


めが甘いってことですか…… 」

「でもさ、ダーリン。戦いなんて、すべてが一期一会いちごいちえじゃないの?」


 やや表情を曇らせて真摯しんしに受け止めたフィアとことなり、白藤色の髪を揺らせた斥候の娘は疑いの余地ありといった様子で、可愛らしく小首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る