第19話

 正門をもぐって敷地内に入った後、夕焼けにえるせん塔を持つ白亜の礼拝堂や、敷地内にある女子修道院には向かわず、その合間に造られた中庭の薬草園へ直行する。


 片隅に収穫物を扱う小屋も建っているのだが… 臙脂えんじ色のブラウスに白いサイドプリーツスカートを組み合わせて、同じく白のケープを肩に羽織った侍祭の娘がのき先へ出ており、すでに店仕舞じまいを始めていた。


 ここで傷薬を買いそこねては徒労になるため、足早に歩み寄って声を掛ける。


「すまない、打撲に効く傷薬を幾つかもらいたい」

「えぇ、構いませんよ… って、ジェオ君?」


「あぁ、そう言えばフィアは教会の所属だったか」

「ふふっ、冒険者でもありますけどね」


 ほがらかに宣言した彼女に違和感を抱く者も多いだろうが、魔物討伐や紛争で従軍を求められる侍祭や、司祭達は修行の一環として様々な活動が認められており、荒事稼業にいそしむ者も少なくない。


 貴重ないやし手を教会が独占している手前、各組合からの協力要請を断りがたい事情も、現状の枠組みを助長させているのだろう。


「色々と、ご苦労なことだな」

「これも日々のお仕事ですから」

 

 薬草売りのおつとめに関するものと受け止め、明るい声で応えてくれたフィアに大銅貨二枚を手渡し、小さな木箱に収められた軟膏なんこうを三個ほど購入する。


 無為むいに長居しても迷惑かと判断して、簡素な会釈えしゃくだけ済ませて帰ろうとするも、妙な服の突っ張りを感じて立ち止まった。


「…… 何故、俺の服すそつままむ?」

「よく考えたら、傷薬いらないです」


 そう言いながら身を寄せた彼女は頬の腫れに右手を当て、掌に生じさせた暖かな魔力光で打撲を癒していく。


 たずねられるがままに打ち身の箇所を伝えると、ぺたぺたと遠慮なく身体を触って、初級の聖魔法 “ヒーリングライト” で治療してくれた。


「低年齢から魔法的な回復手段に依存すると免疫系が発達せず、虚弱な体質に育つことも貴族の子弟にはありがちだが… ここは素直に感謝しておこう」


「うぐぅ、ちっとも素直じゃないし、年下っぽくもないと思う」


 やや不満げな様子で細めたジト目を向けられても、輪廻の狭間で様々な者達の魂と出会い、その人生を疑似的に体験した今となっては子供らしい反応など、もはや不可能に近い。


(生まれ変わりのおり、幾らかの記憶が欠落しているとはいえ、体感的な主観時間で百年以上の時を重ねているはず)


 外見と中身に齟齬そごがでるのはむを得まいと開き直り、術式治療に対して地母神派教会の相場にもとづいた寄進をすべく、硬貨用にしつらえた小さな革袋の口紐を緩める。


 こちらを見つめていたフィアは不服そうな表情で薄い桜唇おうしんを開き、呆れ混じりの吐息を漏らした。


「森で助けて頂きましたので、お気遣きづかいは不要です。あと、余談ですけど……」


 幼馴染の二人、斥候のリィナと槍術士のクレアが余暇の鍛錬法について、サイアスの意見を聞きたがっているらしく、迷惑でなければ伝えて欲しいと頼まれてしまう。


 老若男女問わず容赦しない、稀有けうな性格の持ち主なのでお勧めできないものの、それは胸裏きょうりに留めてうなずき返して、夕暮れ時の教会から立ち去った。

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