第18話

 訥々とつとつと愚痴る従僕じゅうぼくの話を聞き流して、瞑目めいもくしながら領民の生活水準を向上させ、不満をやわらげる方策を思案する。


(しかし、因果なものだな… 為政者は万民の利益をかんがみる必要があり、公平性の観点から、個々人の諸事情と向き合うのは難しい)


 それを十分に理解している上で、民衆は自身の都合を行政側が考慮することなく、平等かつ画一的かくいつてきに扱われるのを心底から嫌う。


 多少の不満は付きものとして、地方の領主家にできるのは精々がパイの数を徐々に増やし、わずかでも領民の暮らし向きを改善するくらいだ。 


「経済なんて誰かの犠牲無しにまわらないとは言うが、さて……」

「うぐッ、また七面倒なこと、考えてるんじゃないでしょうね」


 胡乱うろんな瞳で俺を見つめてくる庭師に構わず、交易や漁業に重きを置く港湾都市が中核の領地であるがゆえ、軽視されやすい近郊農業の拡充と有益性についてしばし考慮する。


 ざっくりと思考をまとめた後、鍛冶屋の次男坊に視線を向けた。


「川沿いより高い土地にも水を引けるよう、よう水車を造るなら誰に頼めばいい?」

「金具類はうちが用意させて貰いますけど、大半は大工仕事かと」


 大鍋の麻繊維を棍棒で混ぜていた青年が端的に答えた通り、回転運動の頂点付近でみ上げた水を落とし、高所から傾斜水路で流す “円筒付き車輪” はほとんど木製だ。


 鍛冶師見習いに聞いても、適切な職人の名前が出てこないのは仕方ないと見切りを付け、聞き耳など立てていた貿易商の三男坊にも話を振る。


「えっと、多分ですが… 港で船の補修をしている大工達であれば、引き受けてくれると思いますよ。上手く製作できる保証はありませんけど」


「技巧を知る者が必要だな、もう少し考えを煮めた上で父様に相談しよう」


 そう結論付けて一時的に思索を打ち切り、このまま製紙作業に従事する三人への指示や、ねぎらいなど済ませて踵を返した。


 なお、屋敷への道すがら、螺旋らせん面のある棒軸とパイプ状のおおいを組み合わせた古式のスクリューポンプも、都市周辺の耕作地に導入して併用すべきかを検討する。


 人力で軸棒を回転させると水が螺旋らせん面を昇っていく構造なので、川の流れで勝手にまわよう水車と比べて手間が掛かるものの、使用時だけ稼働させる利点として、取り込んだ水の還流かんりゅうは考えなくて構わない。


 他方、よう水車は延々と回転するため、み取った水を川に放出する復路も考えなければ、開墾予定の土地が水浸しになるだけだ。


 どのように水路を通すかも含めて綿密な経路設計が必要だなと、余計なことに気を取られていたせいか、午後の鍛錬にいまいち集中できず……


 途中で我が師サイアスの機嫌を大きくそこね、その根性を叩きなおしてやるといった感じで、一方的にボコられてしまう。


「うぐっ、ツキが無い、泣きっ面に蜂か」

「すみません、ジェオ様」


 申し訳なさそうに頭を下げた若いメイドの説明では傷薬の在庫が無いらしい。


 夕飯前の忙しい時期に人手をかせるのも気が引けたので、打撲などで痛む身体をに鞭を打って、薬の販売を取り仕切る西区の教会に向かう羽目となった。



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