第20話

 再度、屋敷に帰り着いて、食事の準備に取り組んでいたメイドへ傷薬を手渡すと、何やら父が探していたむねを告げられる。


 どうせ半刻もたないうちに食堂で顔を合わせるのだが、下手に機嫌をそこねても面倒なため、三階にある日当たり良好な南向きの部屋へ向かう。


 在室の確認もねて扉を叩き、数秒遅れで返ってきた低い声にうながされて入室するも… かしの椅子に腰かけた父はこちらを見遣みやることなく、真剣な顔つきで手鏡とにらめっこしていた。


何処どこかに傷でも?」

「いや、輸出品の検分だよ、中東諸国へ向けたものだ」


 至極当然ながら胡椒を代表とする調味料や、熱帯果実の類を東側の国々から輸入するには財貨が必要であり、単に買うだけの立場だと早々に金銀が枯渇してしまう。


 それは製紙法の発祥地であり、偽造できないような版画紙幣を造れる華国だろうと差異なく、交易では素材自体に価値を持つ貴金属の貨幣を用いるのが一般的だ。


かせがないと仕入れはできませんからね、売れそうですか?」

「悪くない、見てみろ」


 ずずいと差し出された手鏡の表面を眺めて、斬新な構造と着想に驚かされる。


 よく見かける鋳造ちゅうぞうした銅板を丁寧にみがき上げたものや、表面にすずを鍍金させた少し高価な従来品と異なり、硝子ガラスの裏面になんらかの方法で金属塗装がほどこされていた。


「溶かしたすずを触れさせれば、急激な温度変化に耐えられず熱膨張で硝子ガラスは割れるはず。特殊な製法で耐熱性の硝子ガラスを造ったか、金属箔を低温下で融着ゆうちゃくさせたか……」


「共和制の半島国家ヴェネタで硝子細工の職人らが製法を確立したらしい。既存品よりも高額になるが質は良いし、交易先の富裕層を相手取るのに適した商材だ」


 そう思うだろう? と、父は得意げに同意を求めてくるも、硝子鏡と呼ぶべき逸品いっぴんの製造工程が気になって仕方ない。


 耐熱硝子の生成に関しては容易に想像がつかないため、金属箔を低温定着させていると仮定して、鏡の色合いから裏面塗装に使われたのはすずの合金だと推測する。


「…… 組み合わせの相性で、すぐに思い付くのは水銀だな。相当な時間を見込んだなら、常温で自然とすずアマルガムに変性する可能性は捨てきれない」


「我が息子ながら怪しい奴め… それの模造品コピーも作れるのか?」

「思い付いた手法を一通り試してみる価値はあります」


 無難な言葉でこたえつつも、この硝子鏡が俺の所在を探していた件の本題なのかと、胡乱うろんな眼差しの父に問えば左右の首振りで否定された。


 おもむろに勧められた椅子へ腰を下ろし、して大きくもない円卓を挟んで正対する。


 慣れた手つきでティーポットから、余分に用意させていた陶器のカップへ香草茶を注ぎ入れると、卓上を滑らせるように寄せてくれたので一口だけ頂き、やや乾き気味の喉をわずかに潤した。

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