第5話

 初日から半年ほど経った今、身も心も荒んでしまった俺に両親が語り掛ける。


「その、なんだ、サイアスの奴は解雇した方が良いのか?」

「幾ら剣術の鍛錬でも、跡取り息子に怪我をさせるのは論外でしょう」


「いえ、一矢報いるまで引けません、この恨み晴らさでおくべきか…… あと、中途半端に物事を投げ出すとか、もう(前世で)飽きたんですよ」


 脳裏に粗暴な我が師をいつくばらせる妄想など浮かべ、昏い情念の籠った笑いを零していると不穏な空気を察したのか、幼い妹が母の背後に隠れてしまった。


 身内を怖がらせるのは本意でないため、瞑目して日々のうらつらみを飲み込んでいれば、人の神経を逆撫でするような大声が屋敷に響く。


「さぁ、楽しい鍛錬の時間だぞ、ジェオ‼」


 もはや領主夫妻がいたところで、微塵も猫を被らなくなったサイアスに誘われるまま中庭へ出て、粛々しゅくしゅくと木剣を正眼に構えて向かい合う。


 直後にとらえるマナの共振、発動速度と隠蔽性を追及した彼の固有魔法 “領域爆破” が左脇腹の付近で炸裂しようとする。


 鍛錬ゆえの威力低減により、過度な殺傷能力は無いにしても、何度も、何度も、何度も、何度も餌食になってきた経緯から、即座に読み切って斜め前方へ体を躱した。


 例え空間座標を指定して発動させる特異な攻撃魔法であっても、高速で移動し続ければ早々に狙いを付ける事などできない。


 戦闘に最も必要なものは “知覚” だという持論にもとづき、内在するマナの制御で脳と両脚を強化した上、単調とならないよう複雑な軌道を織り交ぜて肉迫していく。


 その最中に木剣の切っ先を下げて地走らせながら、上半身のひねりもかせた強烈な切上げを放った。


「せいぁあぁッ‼」

わめくな、うるさい」


 ほとばしらせた咆哮ほうこうごと上段から切り捨てるがごとく、後ろ脚を退くことで深く振り抜かれた師の斬撃が迎え撃ち、こちらの木剣を強引に草地へ押しつける。


 すぐに剣柄を手放して背もらすと、返し刃の一撃が跳ねてあごかすめていった。


 冷や汗を流しつつ、った体勢から後方へ倒立回転して距離を取り、徒手での格闘戦に移ろうとした瞬間、追ってきたサイアスの薙ぎ払いが俺の腹部に喰い込む。


「かはッ、うぐぅ……」

「ボディがガラ空きだ。実戦なら臓物ぶちまけて死ぬぞ、馬鹿弟子」


 後に引く怪我をさせないため、絶妙に調整された鈍痛を与えられ、苦鳴を漏らして前屈みになれば今度は顔面に蹴撃しゅうげきが飛んできた。


 僅差きんさで右腕を間に挟んだが、マナ制御で強化された脚の筋力にあらがえず、派手に蹴り飛ばされてしまう。


「おいッ、やり過ぎだぞ、貴様‼」


 鍛錬の一部始終を縁側から観ていた父のディアスが怒鳴り、青筋を立ててめ寄ってくるも… 真顔の仮面を被った我が師サイアスは慇懃いんぎんな態度でさとす。


「領主殿、既に御子息は精鋭を誇る王都の騎士ザコ達よりも強い。これぐらいでないと、次の高みには登れないのですよ」


 指導方針に理解を頂きたいといさめ、隠し切れない期待を込めて “なにを無様に這いつくばっているんだ”、“そんな程度じゃないだろう、私はお前を信じているぞ” と熱い視線を投げてくる。


 まるで恋する乙女のような有様ありさまに温度差を感じながら、痛む身体に鞭打って立ち上がれば、小悪党と評されつつも身内には甘々な父が心配そうに口を開いた。

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