第6話

 平日の朝。私はいつもどおり、身の丈4尺の飼いネコであるメニョに起こされて、食卓に着いた。


 今日の朝食はご飯と生卵だ。あと、昨日の残りの味噌汁。それから、剥いていない、芯取ってない、4分割(4等分ではない)されたりんごが二切れ。なお、昨晩、味噌汁には充填豆腐のミニパックが切らずにどぼんと入っていたので、お玉で適宜崩して食べたものである。豆腐なんて、さいの目にしなくたって食える。


「おっと、メニョ飯。」


私は卵を小鉢に割り入れてから、気付いて立ち上がった。メニョが物欲しそうにこちらを見ている。


 メニョの小どんぶりにカリカリを流し入れ、大どんぶりの水を替えてやる。


 メニョがカリ、カリと旨そうな音を立て始めたのを見てから、私は卵に醤油を入れて溶きほぐした。てろーん、とご飯にかけて。


「そうだ、おかかもかけよっと。」


卵かけごはんにおかかを加えると、グッドなのだ。コショウも美味しいけど、今日はおかか卵の気分。私は戸棚を開け、おかかの定位置を探した。


 無い。


 使いかけも、備蓄も、無い。


 メニョがやたら弁当に使うのでおかかは常に数袋買い置きしてあるのに、一つも無い。先週買ったばかりではなかったか?いや、先々週?うーむ、毎晩酒をあおってはメニョをモフっているから記憶があいまいだが、最近だと思う。少なくとも、私の弁当だけではひと月かかっても消費しきれる量ではない。


「こら、メニョ。お前、おかかつまみ食いしまくっただろう。在庫が無いじゃないか。」

「カリ、カリ、カリ、カリ」

「穏やかに飯を食い続けるんじゃない。おかか、どうしてくれるんだ。」


返事が無いので、私は諦めてコショウのミルを手に取った。ウサギさんの顔のような形のミルで、耳を握ると挽きたてコショウが出てくる。握ってひねって回すタイプのミルとは違って、ネコ手でも両前足でウサ耳を挟めばコショウを摺れるという優れモノである。メニョのために買ったものだ。我ながら、ネコ思い。


 私はごりごり、とコショウを摺って卵かけごはんにかける。何となくチャーハンっぽくなって、旨いんだな、これが。


 卵かけごはんは、ドリンクだ。というのは、私の同僚の至言であるが、私もずるずると卵かけごはんを啜った。うん、うまーい。そして、この、一晩寝かせてぐずぐずに具が煮込まれた味噌汁もまた、旨い。ぬるぬるに溶けて汁と一体化したワカメが良いんだよな。


 私がずるずるといろんな液体を吸い込んでいると、メニョが何かを咥えて歩いてきた。ひょい、と立ち上がって、食卓にそれを置く。スーパーのチラシである。何事かと思うと、ネコ爪がある一点を指し示す。


「かつおけずりぶし特売…特売は良いが、食い過ぎは困るぞ。」

「ぷるるー」

「はい、はい。帰りに3,4袋買ってくるよ。他に要るものあったっけ。」

「なーふ」


メニョは卵や野菜を次々に指していく。うん、覚えられん。ネコと暮らしている私は脳がネコレベルに同調しているので、3つより多い事項は覚えられぬ。


「メモ書いといてよ。帰りには忘れちゃう。」


帰りどころか、現時点で既に忘れかけているが、それはそれとしておく。


 メニョはむにゃむにゃ文句を言いながらも、冷蔵庫にくっつけてあるマーカーを咥えてきた。口と両前足で、器用に蓋を外す。


「にゃ、にゃ、うぬ」


メニョは手首をくるっと曲げてペンを掴み、ぐいぐいと丸を付けていく。チラシに載っていないものは、ネコ文字でメモしていく。ルーン文字とか、キリル文字とか、特殊な文字ではない。手の震えるご老体が書く文字と平安時代の文字の中間くらいの体裁を保った日本語平仮名であ。私ほどの手練れともなれば読めないことは無い。たまに読み誤って、メニョに怒られるが。


 にんじん、きやべつ、とまと、ばぶりか、ずきーに、ましゆるーむ、とりもも。ああ、今日は国産サバ缶も安いのね。はいはい、買ってくるワ。


「えっ、お米も?そりゃ5キロ1280円は格安だけど…。重いなあ。今ある分で週末まで持たないの?」

「うぬー」

「そうか…頑張るよ。ところで、玉ねぎってまだあった?」

「にゃ?」

「分かった分かった、ネギ族は自分で確認する。」


ネコにとってネギ類は毒でしかない。だから、メニョはネギ類は調理しない。しかし、私は真っ当なホモ・サピエンスとしてネギ類が至極好きなので、ちゃんと常備してある。さよう、私だっていつもメニョにばかり飯を作らせているわけではなく、自分でも作る。


 私はメニョが使わないネギ族置き場を確認し、玉ねぎがまだ2個あるのを認めた。良かった。玉ねぎも重いから、パスしたかったのだ。


 そうこうして食卓に戻ってきた私は、チラシの文字が増えているのを見てがっくりした。


「牛乳とヨーグルトもかいな…重すぎる。」

「にゃあん」


 メニョは可愛らしく鳴いて、登山リュックを取り出した。メニョの指示にあった食材がすべて入るサイズのやつだ。既に、お弁当と水筒と財布が入れられている。準備万端だ。まったく、メニョは実に気が利く。


 私は馬鹿でかいリュックを背負い、残暑厳しいなか家を出た。このリュックがあれば、帰りにスーパーに寄るのを忘れることは無いだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る