第6話 災厄復帰

 繁華街の中を四人は逃げていた。後ろを人相の宜しくない一団が追いかけている。

 手にバットやら鉄棒やらを持った連中が血相を変えて走っているのだ。道行く人々は異様な光景に唖然としていた。


「路地に逃げ込め!」


 先頭はこの辺りを知っている立花、その後ろを桜井と門脇が走り最後尾は桔梗だ。


「分かった」

「……」

「いや、走るのは本当に勘弁してください……」


 彼の指示で雑居ビルたちの間にある路地に走り込んだ。

 繁華街には雑居ビルが多く在る。狭い路地に逃げ込むのは周りを包囲されないようにするためだ。立花や桔梗がいくら強くても門脇や桜井を守りながら戦うのは無理だからだ。


「このままじゃ追い詰められてしまうな」


 大声で叫びながら走り回っているハングレたちをやり過ごしながら立花が言った。


「ああ、時間の問題だと思う……」

「私のせいでごめんなさい……」

「嬢ちゃんは気にするな」

「何とかするから大丈夫……」


 桔梗が門脇を慰める。だが、具体的にどうするかまでは思いつかないようだ。

 ここで桜井がある提案をした。


「ちょっと車を調達してきますね……」

「大丈夫か」


 立花が聞いてきた。彼は職業柄のためか色々な犯罪者を知っている。

 もちろん、中には窃盗や強盗を生業とした連中もいるのだ。連中の話を聞くと共通して言うのは『犯行の前には念入りに下見をする』ということ。

 そうしないと必ず失敗するのだとも言っていた。それを思い出したのだ。


「まあ、慣れているし皆さんはこの先のブロックで待っていてください」

「そんな都合の良い車があるのか?」

「目を付けた車が在るんで大丈夫です」


 桜井は逃げ回りながらも周りをキョロキョロとしていたのだ。盗めそうな車があると注意が向く体質であるらしい。


「車を盗むの?」

「ちょっと借りるだけですよぉ」


 盗むと言うとバツが悪いので言い回しを変えた。日本人特有の言葉で誤魔化して、その場シノギをしているのだ。


「俺も一緒に行こうか?」


 桔梗が聞いてきた。


「一人の方が行動しやすいので平気ですよ」


 そう言って目星を付けた車が駐車されている住宅に近付いていった。途中、自分たちを追いかけているハングレたちとすれ違ったが気付かれなかった。持ち前の良い人オーラが全開だったので視界にすら入らなかったのであろう。彼らのターゲットは立花や桔梗だったのだ。


(まあ、昔から空気みたいな奴と言われていたしねぇ)


 中学・高校を通じての渾名は『イタノ』であった。集団行動などをしていると、いつの間にか加わっているmpで『あっ、居たの?』と言われたのが語源であった。これは同窓会などでも変わらない。


(最初から居たのに何時来た?って言われるもんなあ)


 そんな事を考えていると目的の民家に到着した。

 立花たちは桜井に言われた通りに一ブロック離れた所で待機するようだ。


「さてと……」


 民家の周りをちょっとだけ覗い、人通りが無いことを確認した。人目を気にするのは習性みたいなものだ。

 桜井はポケットから小型のタブレットを取り出し、それに通信線をタブレットに繋ぎ小型のアンテナにも繋いだ。


「家の人にバレないように……」


 そんな事を呟きながら玄関にそっと近付いて小型アンテナをドアの下に設置して自分は車の側に来た。


「うほっ、感度良好……スマートキーちゃん、こんにちわぁー」


 タブレットの画面を覗き込みながら何か喜んでいた。

 桜井がやろうとしているのは『リレーアタック』と言われる車両窃盗方法だ。


 ポケットに入れたままボタンを押すだけで車のカギが開き、キーを差し込まずともエンジンをかけることのできるスマートキーだ。

 スマートキーは常に微弱な電波を出しており、車から三メートル以内でスマートキーを感知する。スマートキーを持っている状態でドアノブ等に触ると、車側が電子IDを照合して車のカギを解錠させる仕組みなのだ。


 スマートキーの電波はとても弱い。普通は三メートル以上距離があると、車側が電波を受信出来ないのでカギが開くことは無い。

 普通の民家では車庫と玄関はある程度は離れている。なので、大概の人は玄関に入って直ぐの場所にスマートキーを置きがちなのだ。


 実行犯がスマートキーに近づき、特殊なデバイスを使ってスマートキーからの電波を受信させる。

 受信した電波の周波数を変換して増幅させ、車の近くにいる仲間が増幅した電波を受信して元の周波数に戻し車のカギを開け持ち去る。

 このように電波をリレーさせるのでリレーアタックと呼ばれる。


「まあ、俺は生まれついてのボッチだからね……」


 手に持ったタブレットをブラブラさせた。

 桜井は単独犯で行うことが多いので、小型アンテナでスマートキーの電波を受信してタブレットで中継させるやり方を編み出したのだ。

 これなら見つかってもタブレットは市販品なのですっとぼけることが出来るし、小型アンテナはイヤフォンだと言い張れば良い。


「対策はバッチリなのよ」


 取っ手を触ると車のドアが開く音がした。桜井はひとりニヤッと笑った。上手く事が運んで嬉しくなったのだ。


(この瞬間の為に生きてると言っても過言では無いね……)


 エンジンを掛け車を道路に出して走り出した。モタモタしていると家人に気付かれてしまうのだ。

 そして、直ぐに道路を曲がった。

 車を窃盗して逃げる時には、出来るだけジグザグに経路を逃げるのが良いと言われる。

 それは盗難に気付いた持ち主が出てきた時に視線から隠れる為である。目の前に自分の車が無いと本当に盗まれたのかの判断が遅れて通報が後回しにされるらしいのだ。つまり、逃げる時間が稼げる。


 桜井はそれに従って住宅街の道を右に左にと曲がり立花たちの元に行こうとしていた。


(あれ?)


 だが、桜井はここでハタと気が付いた。


(このままバックレても良いんじゃね?)


 元々、盗難した車に勝手に乗り込まれてきたのだ。彼らは家族でも友人でも無い。昨日までは他人だった連中だ。

 桜井からすれば無用なトラブルに巻き込む災厄の連中なのだ。


(面倒な連中に睨まれているのは俺じゃないしなあ……)


 仲間を裏切るなと世間では言われる。だが、彼らは仲間ですら無い。

 その事に気が付いたのだ。


「んーーー……」


 桜井は考え込んでしまっていた。

 このまま逃げ出せば良い。子供の頃から面倒な問題は、後回しにする癖があった桜井には造作ない事だ。


(しょうがないか……)


 肩の力を抜いた桜井。そして、前方を睨みつけながらアクセルをそっと踏み込んだ。

 車はソロリと動きだす。


(女の子に助けるって言っちゃったしな……)


 ため息を付きながらも桜井は立花たちが待つ路地に車を引き返えさせた。

 見ず知らずの少女を助けると言っていた、お人好しな連中を助けることに決めたようだ。


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