第4話 ダイナミック入店

 四人を乗せた車は建物から出て道路を走り出した。後ろからハングレたちがバットやら石やらを投げながら何かを叫んでいる。

 何人かは車まで駆けているようだ。追いかけて来るつもりなのであろう。


「さあ、飛ばしますよぉー」


 桜井がアクセルを踏み込むと、車はガクンと加速していく。全員、背もたれに体重が掛かるのを感じた。

 その後を直ぐにハングレたちの車が続いていた。


「もっと、スピードは出ないのか?」


 追跡してくる車を見ながら桔梗が尋ねていた。彼らの車はスピードの出せるタイプらしくグイグイと迫ってきていた。


「サーキット向けの車じゃ無いので、コレで手一杯ですよぉ」


 直線道路なので桜井の車はハングレたちの車を突き放す事が出来ない。元々、業務用の車なので速度と足回りは期待出来ないのだった。


「くー、スピードが乗らないぃ」


 桜井が嘆いた。彼は追跡してくる車を右に左にとかわしている。前に出られて道が塞がれるのを防止する為だ。運転テクニックは良いようだ。

 すると、正面のT字路にヒョロヒヨと軽自動車が通りに出てきた。もちろん、桜井たちが通る道が優先道路だ。


「え?」

「おいっ!」

「お腹すいたー」

「そっちが一時停止でしょーーー」


 桜井が叫びながらハンドルを回した。だが、間に合わずに車の後部が接触されてしまった。

 桔梗は運転手の方をチラリと見た。すると驚きの余り目を見開いた老人が運転していた。きっと相手が止まってくれると思い込んでいたのであろう。


「うわあっ!」

「きゃあ!」

「ありゃりゃん……」


  制御を失った車は減速する暇も無くコンビニの中に飛び越んでしまった。カウンター前の商品棚を薙ぎ払いながら車は停車した。


「くあー、大丈夫か?」

「問題ない」

「私は平気だよ」

「ファミチキください」


 桜井は混乱しているようだ。カウンターに居た店員にトンチンカンな事を言っている。


「お客様、当店はローソンでございます」


 迷惑客に馴れている店員は多少の騒動には動じない。彼は桜井の言葉に沈着冷静に答えた。恐らくベテランの店員なのであろう。

 四人は車から次々と降りてきた。


「ぐずぐずしてないで逃げようぜ」


 桔梗は店の外を見ながら促した。

 ハングレたちの車が直ぐに追い付き店の外で騒いでいる。店内に入ろうとバットで窓ガラスを割ろうとしているのだ。

 桜井の車が出入り口を塞いでいるので店内に入れない為だ。

 しかし、窓ガラスには飛散防止対策の強化フィルムが貼られているらしく上手く破れ無いようであった。バットが当たってもヒビが入るだけで上手く割れなかった。

 立花は騒いでいる連中を一瞥すると店員の方を向いた。


「連中と揉めてるもんでな、裏口はどっちだ?」


 店員は無表情のままカウンターの奥の事務所を指さした。その奥に通用口があるらしい。


「有り難うよ……」


 立花は皆に顎で奥を示し自分は最後に続いて入って行った。

 それと同時に窓ガラスを破る事に成功したハングレたちが雪崩れ込んできた。


「先に行け何人か叩きのめす」


 その様子を察した立花が立ち止まって言った。


「分かった……」


 立花が時間稼ぎをするつもりなのだ。桔梗は短く返事をすると桜井の後に続いた。

 桜井が裏口のドアを開けた。すると、目の前にハングレたちが居た。回り込まれていたのだ。


(人数が増えてやがる!)


 彼らは手に持ったバットを振りかざし、気勢を上げながらかかって来た。


「テ……」


 相手が何か叫ぼうとしたが、桔梗の右ストレートの方が早かった。男は後ろにいた連中を巻き込んで倒れてしまった。桔梗は更に男越しに他の連中を牽制していく。

 二番目に居た男を蹴りで倒し、三番目の男には顎先をフックで撃ち抜いてやった。


「……」


 桔梗は相変わらず無口だった。向かってくる相手を無言で睨みつけながら倒している。


「掛かってこんかい!」


 一方、事務所の中では立花が若衆相手に大立ち回りをしていた。近付いてくるものを事務所の椅子を使って殴り飛ばしていた。

 牽制で振り回すのでは無く、最初から当てるつもりで振り下ろしているのだ。喧嘩では躊躇しない所が元ヤクザらしかった。


「あんた、囲まれちまうぜ!」


 桔梗は店内で他の連中を相手している立花に声をかけた。

 裏側にやってくる人数が増えているのだ。二、三人相手なら何とか凌げるがコレ以上増えると自分が逃げ出すのが精一杯になりそうなのだ。

 それを、感じたので立花に逃げ出す言葉を送ったのだ。


「分かった!」


 立花は短く返事をすると側にあった棚を倒して道を塞いだ。少しでも時間を稼ぎたかったのだ。

 桜井と門脇は手を繋いだまま、オタオタとしている。下手な場所に居ると二人の邪魔をしてしまいそうだからだ。


 驚いたのはハングレたちであった。ショボイおっさんたちだと思っていたのに殊の外手強いのだ。攻勢が少し怯んでしまった。

 その空きに桔梗は蹴りを相手の懐に入れる。相手は折れ曲がった格好で仲間の元に飛んでいった。

 立花はその団子状態になった所へヤクザキックをお見舞いしてやった。


「走れ!」


 立花の掛け声で四人は外の道路に飛び出していった。ハングレたちは一歩遅れて追いかけていく。

 そして、店の中が混乱していくなか、コンビニ店員は静かに佇んでいた。彼は巻き込まれ無い為に空気と同化する事にしたようだ。それは成功している。きっと、高度な訓練を受けたコンビニ店員に違いない。


(…………誰がコレ片付けるんだよ…………)


 ……うんざりしていたのが正しかったようだ。


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