第3話 捕食都市

 少女を助けた若い男は車の助手席側に座った。


「大丈夫か?」


 立花は降ってきた若い男に声を掛けた。


「ああ……問題無い……」


 言葉少なに返答してきた。どうやら若い男は無口なようだ。だが、顔をしかめている所を見ると何処かを怪我をしているのかも知れない。


「この人も助けてくれた人なの……」


 いきなり車の前に降ってきた若い男に小太りの男は訝しげにしていた。それを見透かしたかのように助けられた少女が答えた。


「そうですかあ」

「さあ、逃げ出そうぜ……」

「はいな」


 ハングレたちが手に持つバットや木刀を振りかざして直ぐそこまでやって来ているのだ。捕まるとかなり拙いことになるのは明白であった。

 彼らが車を殴り始めるのと発進は同時だった。車に次々と衝撃が襲う。何事か叫んでいるが聞き取れなかった。


「アンタ、名前はなんて言うんだい?」

「桔梗蒼汰(キキョウ・ソウタ)」

「そうか、俺は立花宗介(タチバナ・ソウスケ)って言うんだ」

「自分は桜井次郎(サクライ・ジロウ)って言いますぅー」


 男たち三人は互いに名乗り合った。車は表通りに出て速度を上げる。その後ろをハングレたちらしき車が追いかけて行く。


「お嬢ちゃんは名前はなんて言うんだ?」


 立花は少女に尋ねた。


「門脇実優(かどわきみゆ)……です」

「何でアイツラに追われてんだよ」


 どう考えてもあのヤクザと関わりがあるとは思えなかったからだ。親戚のおじさんとかだったら立花たちは誘拐犯にでっち上げられてしまう。

 街中で迷子を保護して交番に連れて行くと未成年者略取誘拐罪で逮捕される世の中だ。中年男性には生き辛い時代である。


「あの脂ギッシュなおっさんが爺い相手の秘密クラブで働けって言うから逃げ出そうしただけだよ」

「秘密クラブ?」

「政治家や官僚とか偉い人達を相手に良い事してあげるの」

「売春組織か……」


 良くあるヤクザの商売のひとつだ。珍しくも無い。

 立花は店の用心棒が主な収入源だったが、中には売春組織を立ち上げていた奴も同じ組に居た。


「なんで、そんなヤバイ奴と知り合いになったのよ?」

「えー、パパ活した相手が脂ギッシュなおっさんだっただけよ」

「パパ活……?……」


 立花は聞き慣れない言葉に戸惑ってしまう。

 世間から隔絶してしまう刑務所から出たばかりでは仕方があるまい。もっとも、刑務所の中でもニュースは見ることが出来るし新聞や雑誌も読める。

 だが、立花はそういった世俗には興味が無いたちであるらしい。


「SMSを使った売春をそう言うんですよ」


 桜井が軽快に答えた。


「安くて可愛い子が多いですよぉ」


 何故か桜井はパパ活の話に詳しかった。きっと利用したことがあるに違いない。

 桔梗は興味がないのか窓の外を見たままであった。


「ケツモチ(用心棒)用意しないでウリ(売春)やってたのかい」

「……」

「そうみたいですねぇ」

「ケツモチとウリって何ですか?」


 聞き慣れない言葉に実優が反応した。


「ケツモチはヤクザの事で、ウリは売春って意味ですよぉ」


 桜井が親切に答えてやった。言葉遊びで誤魔化しても売春は売春だ。

 中には食事を奢ってもらうだけのケースもあるらしいが、下心無しでそんな事をする奴はいないのは周知のことであろう。


「売春じゃないよ! パパ活だよ!」


 だが、実優は売春の言葉に反論してきた。彼女の中では区別されているらしい。

 言葉を変えて物事の本質を誤魔化そうとするのは、日本人というかマスコミの悪い癖だ。悪いことはイケナイと教えないのは大人の責任であろう。


「金もらって股開くのは一緒じゃねぇか」

「……」


 立花の身も蓋もない一言に実優は黙ってしまった。

 言葉を変えれば違うものだと勘違いする日本人が多いが、『パパ活』も『援助交際』も所詮は売春だ。


「駅まで送ってやるから親の所に帰りな」

「……」


 実優は何か不満そうに黙ってしまった。


「都会ってのはな、アンタみたいな世間知らずのお嬢ちゃんを食い物にしようって輩ばかりなんだよ」

「獲物を引き寄せようって甘い誘いに満ちている場所なのさ」

「そそ、都市全体が捕食生物みたいもんだよねぇ」


 色々と思い当たることを知っている三人は口々に話した。


「おじさんたちは違うの?」

「アンタが助けてって言うから助けている…… ただ、それだけだ」

「ああ……」

「自分はチンケな車上狙いなんで、荒ら事は期待しないでくださいねぇ」


 只の通りすがりとは言え、曲がりなりにも助けることになったのだ。

 関わった以上は彼女を親の所に返したいと三人は考えていた。


(まあ、誰にも褒められないだろうけど……)


 桔梗はそう考えていた。それは彼が経験してきた事からも明らかだった。

 彼女を助けたところで何も変わらない。大都会で獲物を探す連中は次の対象を容易く見つけることが出来るだろう。


(何だかエライ事にかかわってしまいましたねぇ)


 桜井は逃走する算段をしはじめた。付き合いきれないなと感じているらしい。


(男は格好つけてナンボだろ……)


 自分の男気を通すことに格好良さを求めるのが、任侠の渡世を渡ってきた元ヤクザの立花だ。

 助けを求められたら助けるのが彼のルールだ。立花は実優に助けてと言われた時に助けようと決めたらしい。


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