第2話 間の悪い奴
車から降りてきた一人が床に転がっている脂ギッシュなおっさんを助け起こそうとしている。
「玄田さん大丈夫ですか?」
やって来た男の一人が脂ギッシュなおっさんに声を掛けた。どうやら脂ギッシュなおっさんは玄田と言うらしい。
(脂モレゾウじゃなかったのか……)
それよりも気になるのは降りてきた一団の若い衆だ。全員、もれなく腕やら首やらにタトゥーが入っている。
(他の組の若い衆かな……)
タトゥーをこれ見よがしに目につく所に入れる連中は碌なもんじゃないという事を立花も良く知っている。
何しろ、自分も背中に千手観音を背負っているからだ。そして、バリバリのヤクザだ。
(でなかったらハングレって言うヤツラかもしれんな)
シャバに出たばかりに加えて、属していたヤクザ組織が壊滅しているのだ。そんな状況で他の組と揉めるのは拙いなと立花は考えていた。
だが、ハングレであればヤクザ組織特有のしがらみが無い分気が楽であった。
「うーーーっ」
玄田は声をかけてきた男に助け起こされながら唸っていた。
「……」
助けに入った若い男は無言のまま少女を連れて、場を離れようと歩き出した。だが、その前をハングレの一人が立ち塞がる。
「テメエ…… 何しやがった?」
「さあ、その人が勝手に倒れたんですよ」
若い男は素知らぬ顔で答えて、再び少女を連れて歩き出そうとしていた。ハングレはどうしたモノかと思案顔だ。
だが、助け起こされた玄田が弱々しく呟いた。
「そ、そいつらを捕まえろ……」
その一言で事情を察したらしい男たちは一斉に若い男に殴りかかっていった。
若い男は一番手前に居た男を前蹴りで倒し少女を横に押し出した。殴り合いに巻き込むのを避けるためであろう。だが、少女はその場にへたり込んでしまった。
次に殴りかかってきた男には正拳を繰り出した。男は腹を抱えて倒れ込んでしまった。
「クソッタレガァーー」
「ぶっ殺すぞ」
しかし、他の者達が襲いかかってくる。
若い男は次々と向かってくる男をいなしているが、それが精一杯であった。決定打を与える前に他の若い衆が群がってしまう。
「オラァーーーー」
だが、ひとりは立花に向かってきた。側にいたので仲間だと思われたのかも知れない。
(何でやねん……)
立花はひょいと身体を躱してから、男の横顔にパンチを振り下ろす。しゃがみこんだ処を腹にサッカーキックを決めてやった。
こういう荒ら事は得意な方なのだ。
「こっちだ!」
男が怯んだすきに少女の手を掴んで走り出そうとしていた。少女はいきなりの抗争に腰が抜けた感じになっていた。
本当なら追いかけて来ないように止めを刺すべきだが、彼女を連れ出す事を優先したようだ。
だが、逃げようとした矢先に他の車が到着して男たちが降りて来ようとしているのが目に入った。増援であろう。
「ちっ! 素早いな……」
それを横目で見た若い男は地下を指差した。そちらに逃げろというのだろう。
立花は頷き少女を連れて地下へと階段を降りていく。
「地下に逃げるぞ!」
誰かが叫んでいる。その叫び声に呼応するかのように一部の連中が地下への入り口に走っていった。
(くそっ拙いな……)
逃げ道が塞がれてしまう予感が立花には有った。
地下に辿り着くと駐車している車が多数ある。駐車場であるから当然であるが、立花はある計画を考え始めていた。
(車でもかっぱらうか……)
出所したばかりなのに犯罪を行うことを躊躇しないのが立花である所以であろう。彼は目的のために手段は選ばないタイプなのだ。
(今は電子制御されてるヤヤコシイ車しか無いからな……)
駐車されている車を素早く見ている。そうしている間にもドカドカと足音が地下に木霊していた。立花と少女を探すハングレたちだ。
すると車でエンジンをかけようとしている小太りの男と目が遭った。何故か立花を見てビクッとした。見た目が強面なので仕方がない。
立花は気にすることも無く、後部座席のドアを引くと空いた。ドアロックが掛かっていなかったのだ。
(しめた!)
立花は車の後部座席を開けて少女と乗り込んだ。もし、ドアロックが掛かっていたら石でぶち破ろうと考えていたのだ。
「ななな、なんですかかかか!」
小太りの男は狼狽してしまった。いきなり車に乗り込まれて落ち着けと言う方が無理なのかもしれない。
それにドアがロックされていない所を見ると呑気な奴なのかもしれなかった。
「良いから車を出せ」
「嫌ですよ」
「俺が運転しても良いんだぞ?」
立花は腕まくりをして肩に入っている彫り物を見せた。大概の奴はコレを見せると黙りこくるからだ。
普段の生活では長袖のTシャツを着るが出所したてなので着ていなかったせいだ。
立花は彫り物を見せびらかして出歩いたりはしない。そうしないと警官たちに職質という名の因縁を付けられ意地悪をされてしまうのだ。
少しでも口答えすると警察署に引っ張られてしまう。ヤクザにとっては中々に活き辛い世の中だ。
「えーっ」
それでも小太りの男は車を出し渋った。
ふと、ハンドルの部分を見ると車のエンジンキーが刺さっていないのに立花は気が付いた。
キーレスの車もあるのは知っているが、この車が違う事位は車に疎い立花にも分かる。
「コレ…… お前の車?」
「……」
「いいえ……」
この返事と男のオドオドとした態度で立花にはピンと来るものがあった。
「車上荒らしか……」
「はい……」
立花は少女と顔を見合わせてしまった。
この小太りの男は車を盗もうとしている途中だった。そして、間の悪い事に立花たちと関わり合うようになってしまったのだ。
(こんな間抜けを頼りにして大丈夫か?)
立花は戸惑ってしまった。だが、他に抜け出せる手段も無い。
「まあ、俺たちも訳ありなんだ」
「そうなんですか?」
「お願い……助けて……」
少女が小太りの男に手を合わせた。これをされて情に絆されない男はいない。
中々に男のあしらい方が上手い子だなと立花は思った。
「ああいう怖いお兄ちゃんたちに追いかけられている」
そして、追い打ちを掛けるように立花が外を指差した。
「え?」
小太りの男が立花の指差す方向を見ると、バットやら鉄棒やらを手に持った男たちが車に向かってくる最中であった。
「ひぃーーー」
小太りの男はアクセルを踏んで車を発進させた。ガクンと背もたれに体重がかかる。
車の発進に慌てた男たちは何かを叫びながら車の前に立ちはだかろうとした。
その時。
ドンッ
鈍くも派手な音と共に男がボンネットの上に降ってきた。
「ふあっ?」
小太りの男が間抜けな声を出して、急ブレーキをかけると男はボンネットの向こう側に落ちていった。
そして、男は立ち上がり車の側面を周り込んで来る。良く見ると降ってきたのは、建物の入り口で少女を助けようとしていた若い男であった。
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