第60話 ウィンターローズ荘の夜明け

 アンはゆっくりと目を開いた。

 ウィンターローズ荘の夜明けだ。

 遠くから、近くから、鳥のさえずりが聞こえる。

 丘の上の樫の木は、昇ってくる太陽の光をこの荘園のなかで最初に受け止めようと雄々しく立っていた。

 そして、夜が去ったことを告げ知らせ、荘園の大地に夜明けの祝福を真っ先に伝えようとしているように。

 目のまえ、ちょうどクリフニーが立っていたはずの場所に、アンより少し背の低い女の子が立っている。

 「お姉ちゃん」

 メアリーお姉ちゃんは、アンと同じように昼間の服に着替えて、立っていた。

 「お帰りなさい」

 「ただいま」

 言って、頷く。

 「お姉ちゃんって、魔法使いだったんだ」

 「うん」

 メアリーお姉ちゃんはくすんと笑う。

 「秘密がばれちゃったね」

 「秘密にしなくてもいいじゃない?」

 アンが言うと、メアリーお姉ちゃんは、ふん、と肩をそびやかした。

 「わざわざ秘密にしてたわけでもないけど、でも、言っても信じないでしょ? 普通。だから黙ってたの」

 言って、アンを見上げる。

 お姉ちゃんなのに、ほんのすこしだけど妹を見上げなければいけない。メアリーお姉ちゃんは、ふん、と短く鼻を鳴らしてから、言った。

 「泉の魔女、って会ったでしょ?」

 「ああ、うん」

 泉の魔女ではなくて、大釜おおがまの魔女だったけれど、もともとは荘園の泉のところに住んでいたと言っていた。

 そこに住んでいるころは泉の魔女だったのだろう。

 「わたしたち、あの子の家系の子孫なんだよ」

 「はいっ?」

 いや、それは……。

 ご先祖様なの? あの子が?

 「でも、三千年前、って言ってたよ?」

 お姉ちゃんが答える。

 「だから、三千年、さ、うちがここを守ってきたわけ。まあ、お母さんは魔法使いじゃなかったけど、わたしはおばあちゃんからこの地位を受け継いだんだ」

 「ああ」

 アンはおばあちゃんのことはあまりよく覚えていない。やさしいおばあちゃんで、いつも安楽椅子に座って、毛糸で何か編んでいたと思う。

 「だからさ、ほんとはさ、ここはベルヴィル家の土地でもなくて、わたしたちの土地なんだよね」

 アンは心配になった。

 「それだったら、なおのこと、あんな人たちに明け渡していいの?」

 あの意地悪な「叔父」たちに。

 「まあ、ね」

 メアリーお姉ちゃんは軽く笑った。

 「この世のなかでだれの持ちものか、っていうのと、それとは、別だから」

 空は燃え立つように明るくなってきた。あの太陽のない場所から帰ってきただけ、その空の黄色やオレンジ色が鮮やかに見える。

 その日の昇ってくる方角に、メアリーお姉ちゃんは顔を向けた。

 アンを見ずに、言う。

 「ねえ。アンはアメリカに行かない?」

 またいきなりそういうことを言う。

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