第58話 星

 アンはクリフニーの前まで来ると、翼をばさばさいわせて止まったまま高さを稼ぎ、そこからまっすぐに下りていく。

 地面に下りると翼は一瞬で消えた。背中が軽くなる。最初から地面に下りると消えるしくみだったのか、それともアンが限界まで使ったからかはわからない。

 言いわけを考える時間すらなかった。

 だから、アンは、目を細めて、自分がだいじに抱いてきた化石を差し出した。

 クリフニーが歩み出て、それを改めるようにのぞきこむ。

 「何よこれ?」と言ってなじられると思った。

 「せっかく苦労して行って来て、これなの?」

とお姉ちゃんなら言うだろう。そうやって叱ってくれたほうが、アンは言いわけもしやすい。

 クリフニーは、やっぱり目を細めてアンを見上げると、両手で化石を受け取った。

 頬をひくひくと震わせながら、アンの顔を見上げている。

 しばらくそうやって見上げたままでいる。

 早くなじるか叱るかしてくれたほうがいいのに、と、アンはうなだれる。

 クリフニーは、ふと、アンを避けるように、横へと踏み出した。

 両手に持った化石を、自分の頭の上に掲げる。

 「ねえ、アンがやったよ!」

 クリフニーは、きれいな声をせいいっぱい大きくして言った。

 「いちばんのお星さまを持って来てくれたよ!」

 鍵の乙女たちが、わあっ、と声を上げる。いっせいに拍手する。

 クリフニーが笑顔でアンを見上げた。それはさっきは一度も見せなかった、心からの笑顔のように見えた。

 だからアンはかえって慌てる。

 「あの、これは、その、女の人で」

 これはお星さまじゃなくて、化石だ、と言わなければいけないのだけれど、とまどってしまって、それがことばとして出てこない。

 「あの、わたしが抱いたら、あったかい、って言ってくれて、だから」

 「うん」

 クリフニーがうなずく。

 「だから、だいじに使う。ありがとう、アン」

 「あ、いや。だからね……」

 「みんな、下に行くよ」

 クリフニーは、大釜おおがまの御殿の屋根から下へと下りる階段にかかった。鍵の乙女たちもついて行こうとする。

 「アンも、早く!」

 クリフニーはとても楽しいことのあった子どものように喜んで、跳ねるように下りていく。鍵の乙女たちも続いた。

 アンが動けないでいると、鍵の乙女たちが寄って来て、手を引っぱったり、首に抱きついたりして、五人か六人、もしかするともっと多い人数で、無理やりにというようにアンを連れて行く。

 大釜の御殿の中は明るかった。

 御殿の内側の石の柱のなか、大釜のまわりに鍵の乙女たちが詰め寄せ、並んでいる。

 そのいちばん前、クリフニーの向かい側に、アンは押し出された。

 クリフニーは、あの石の台には上がらず、大釜の縁まで来て、胸にアンからもらった化石を抱いている。

 大釜の明かりは暗く、落ちついていた。

 アンが向かい側に来たのを見ると、クリフニーはアンに向かってうなずき、化石を持った両手を大釜の上に差し出す。

 アンが、その化石をじっと見ているのを見てから、クリフニーは手を放した。

 化石は、ゆっくりと大釜に落ちて行く。

 割れてしまうのだろうか?

 化石が大釜の光に吸いこまれた。

 何も起こらない。

 鍵の乙女たちは、じっとその釜を見つめている。

 アンは驚かない。これで、クリフニーも鍵の乙女たちも、これが星などではなくて、化石だったということに気づいたはずだ。

 これから、アンは、あの女の人の心を混ぜ込んだこの光をかき混ぜながら過ごすのだ。

 あの女の人の顔が大きく迫り、目を閉じてうなずいたように思った。

 大釜のまんなかが、すこし明るくなった。

 その明るい光は、穏やかに、泡も立てずにゆっくりと、円い形に釜のなかに広がって行く。

 光はどんどんと明るくなって行った。もともとぼんやりと青くほのかな光だったのが、はっきりとした艶々した青空のような色になる。

 もとのあの暗い光が想像もできないほどの明かりだ。

 「外に出てみよう!」

 クリフニーではなく、鍵の乙女の一人が大きい声で言った。

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