第38話 鍵

 「鍵の乙女ですね」

 思ったより高い、張りのある声が耳に届いた。

 どこから声をかけられているかわからない。左右を見回す。

 アンがとまどっているのを見かしたように、声が告げる。

 「たとえば、いまあなたのお姉さんが目のまえにいるつもりになって話してごらんなさい。それでわたしに通じます」

 「あ、はい」

 思わず、そう返事した。

 それも、いまお姉ちゃんが目のまえにいるようなつもりで。

 ところが、かえってその声はどこかに吸いこまれてしまったように、自分の耳には届かない。

 「それでいい」

 声が言う。

 「ここの扉はあなたの鍵で開きます。鍵を差しこんでみて」

 そういえば、鍵を持っているのだった。

 いまも持っているだろうか? さっき、青い光が飛んできたときにあわてて落としてしまったのではないか?

 いや、アンはまだ右手に鍵を持っていた。

 鍵穴は?

 あった。木の扉の隅に、ちょうどアンの鍵がささるくらいの穴が開いている。

 すっと扉に手を当てて、アンはそれが木でないことに驚く。

 たしかに木目もあり、木にそっくりに見えるが、それはやっぱり石だった。

 あの声が耳もとで笑ったように感じた。

 アンは、だまって鍵を差しこむ。

 鍵の感触が薄らいだ。

 そうか。

 ここで鍵が鍵穴に吸われて消えてしまえば、たしかにアンは帰れなくなる。

 でも、そうはならなかった。

 扉は開き、鍵はアンの手に戻る。扉を押して、なかに入る。

 後ろを振り返ってフローラたちを安心させようか、と思ったときには、扉はひとりでに閉じていた。

 なかは殺風景な庭だった。

 緑色の石が置いてあり、そこからき石のしてある坂道を上るようになっている。

 向かい側も城壁のような高い石の塀で、なかは薄暗い。

 「そこを上がってきて。迎えに出たいところだけど、こっちはいま手が放せないから」

 「はい」

 正面には円くて大きい御殿が見えている。暗い色に見えたのは、城壁と同じように、暗い色の大きな石で壁が造られているからだ。

 ひんやりした空気のなかを、一歩、一歩とその御殿に近づいて行く。

 御殿というから守衛でもいるかと思ったが、その姿もない。ウィンターローズ荘より不用心だ。

 そういえば、ここから見るかぎり、この「御殿」はこの円い建物一つだけだ。これだったらウィンターローズ荘のほうがずっと広い。

 笑ったような声が耳に届く。

 「くだらないこと考えてないで、さっさとこっちに入ってきなさいよ」

 さっきの声が言う。

 叱られたのかも知れない。でもそれはお嬢様が機嫌がいいときに言う軽口に似ていた。

 正面にまたあの小さな入り口があった。今度もあの木目のある石でできている。

 同じように鍵穴があったので、そこに鍵をさしこむ。また鍵が消えそうな感じがして、扉が開く。

 鍵はアンの手に戻った。

 怖さは感じなかった。

 アンは建物の中に入る。扉はまたひとりでに閉まった。

 中はまっ暗だった。何も見えない。

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