第36話 お屋敷勤めの娘、デモの先頭に立つ!

 若い女がきく。

 「鍵の乙女が、何のお出かけ?」

 「いまの青い光のことで、大釜おおがまの魔女と話をしてくれるんだって」

 エルピスが言う。

 「ぼくたち相手じゃ、大釜の魔女、会ってくれないだろう? だから、鍵の乙女のアンが行くんだ」

 「まあ」

 若い女の人が声を立てると、

「それは見上げた心根こころねだけど」

 おかみさんが心配そうな顔で言った。

 「でも、あの御殿に行った鍵の乙女って、戻って来た人はいないって言うよ。もちろんだれも確かめたわけじゃないけどさ」

 「あの御殿に行った鍵の乙女」と言う。

 だったら、御殿に行かなかった鍵の乙女もいるのだろうか。

 いまは確かめているひまはない。

 「いいんですよ」

 アンが言う。

 「だれかが魔女に会わないといけないのだし、だったら、いまはわたししか会えないんですから」

 「まあ」

 こんどはおかみさんのほうが言う。

 「じゃあ、わたしもごいっしょしますよ。大人がいっしょのほうが、あの魔女もあんたに手出しがしにくいでしょうからね」

 「ああ、もちろんわたしもいっしょに行きます」

 そうしておかみさんと若い女が加わった。

 少し行ったところで、こんどは山のほうから出てきた男の人がおかみさんに声をかける。おかみさんが行き先と目的を説明する。その男の人もいっしょに行くと言った。そうするとアンと同じくらいに見える女の人も出て来て、いっしょに来ることになった。

 そのうち、豚までいっしょに歩き出した。大きい豚に、小さい豚がいっしょについている。

 「そいつの子どもだよ」

 さっき後ろについてきた男の人が説明する。

 「さっきの青い光で育ってしまったんだ」

 ああ、たしかにあの青い光で生きものが育つんだ、と思う。

 さっきアンが海のほうに下りた道を通り過ぎた。道の両側に家はまばらになり、林ややぶに覆われてくる。この藪もさっきの青い光で急に茂ってしまったのかも知れない。道に草が生えて通れなくなっていると困ると思ったが、踏み固められているか、下を石で舗装しているか、それとも魔法でもかけてあるのか、道には草はそれほど生えていなかった。

 遠くに海が見える。

 海の色はさっきと同じだったけれど、さっきよりも少し波立ちが大きいように見えた。

 青い光は海から降ってくる、という、フローラが言いかけたことばを思い出す。

 そうだとすると、あのキロンさんたち、海辺の人たちは無事だろうか。

 フローラとエルピスは、だまってアンのすこし前を歩いて行く。

 後ろにはまた何人か加わったようだ。どれぐらい増えただろう? 振り返って見る。

 「え?」

 「何人か加わった」どころではなかった。

 ずっと後ろまで行列ができている。

 アンはこの人たちより背が高いので後ろまで見渡せる。でも、道が少し曲がって家の陰になっているところで行列が途切れているようには見えない。

 どこまで続いているのかわからない。

 これはとんでもないことになった。

 不景気になって、ロンドンやほかの街でも、労働者のデモというのが何度も起こっているという。お屋敷の使用人たちが

「いやな世のなかになったものだ」

などと話していた。

 アンはそのデモというのを見たことがない。

 でも、それは、もしかすると、こんな感じかも知れないと思う。

 もう、ここに青い光がまた降ってきたら危ないから帰るように、と言っても聞かないだろう。

 知らないうちに、アンはデモの先頭に立ってしまった。

 お屋敷づとめの女の子がデモの先頭だなんて。

 苦笑いしてから、気を引きしめる。

 最初から引き返すつもりはなかった。引き返すと言っても引き返す場所なんかないからだ。

 でも、それ以上に引き返すわけにはいかなくなった。

 遠くに、城壁のような暗い色の高い壁が見えてきた。その城壁の向こうに、古い教会のような大きな建物が見える。

 「あれだよ」

 フローラが指差して小声で言う。

 ああ、ついに来てしまったか、と、アンはいまさらながらに思った。

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