第34話 大釜の御殿へ

 まぶたを開いたとき、テューレ婆さんも同じように目を開いて、アンに目を向けたところだった。

 ため息をついて、アンに言う。

 「ならば、止めはせん」

 言って目を伏せる。

 悲しそうだな、と思う。

 ずっと孫娘と二人で暮らしてきたおばあさんが、ひさしぶりで新しく出会った娘が、またすぐにいなくなる。

 それはどんな気もちだろう?

 「わたし、いっしょに行くよ」

 フローラが言った。両方の手を握って、アンを見上げる。

 「フローラ」

 「フローラや」

 アンとテューレ婆さんの二人が同時に声を立てた。

 アンが先に言う。

 「いや、それはやめたほうがいいよ。だってそうでしょ? またあの光が降ってきたら、わたしはだいじょうぶでも、フローラは……」

 「だいじょうぶだよ。これまであれがすぐに続けて降ってきたことってないよ」

 フローラがしっかりした声で言い返した。

 「それに、あれが降ってきても、一度くらいならわたしはだいじょうぶだよ」

 「フローラ……」

 これまでなかったからと言って、今度もない、ということは言えない。

 「だって、お姉ちゃん一人でどうするのさ? お姉ちゃん、大釜おおがまの御殿って行ったことないでしょ? 迷うよ、きっと」

 「ああ」

 それはそうだ。

 アンが知っているのは、山のほうに行けば大釜の御殿まで行って、そこで道は終わりだということだけだ。

 でも、分かれ道があるかも知れない。そこで迷っても御殿にはいつかはたどり着けるのかも知れないが、迷ったときにフローラや海辺のキロンさんたちのように親切な人たちに出会えるとは限らない。

 アンは黙ってテューレ婆さんの顔を見た。

 テューレ婆さんは行かせたくないはずだ、とアンは思う。

 たしかに、フローラの言うとおり、フローラはすべての者を育たせるあの光を浴びても、大人になるだけで、一度に年老いてしまうことはないだろう。

 でも、違うのだ。

 テューレ婆さんはフローラが大人になってくれることを望んではいない。

 おばあさんと、小さい孫娘の二人きりの暮らしだ。

 その二人暮らしを、続けたいのだ。

 いつまでも。

 「そうさねえ」

 だから、テューレ婆さんは断るだろうし、そうなったらアンは一人で行くしかないと思う。

 テューレ婆さんはため息をついた。

 「じゃあ、行っておいで、フローラや」

 「うん!」

 フローラが嬉しそうに声を上げた。

 「テューレさん!」

 アンの言いかたはとがめるような言いかただっただろうと思う。テューレ婆さんは、そのアンの顔を見上げて、笑った。

 言う。

 「ほんとうはな、わしが行かなければならぬのだろうて。フローラを守ってくれたそうだしな」

 「それに、パンの値段のことも話をして、うちだけに意地悪しないように約束させてくれたんだよ!」

 フローラが口をはさむ。

 そういえばその話をしていなかった。

 テューレ婆さんは眉をひそめたが、それは一瞬だけで、また笑顔に戻った。

 「そうかい。それはますます世話になった」

 言って、息をつく。

 「だから、わたしが行かなければならんところだが、わしの足腰では、あの御殿までいつ着くかわからん。だから、フローラにかわりに行ってもらう」

 目を閉じる。

 「フローラも、もう、それぐらいは大人だろうからな」

 「テューレさん」

 アンはもういちど声をかけた。

 「フローラさん、いっしょに行ってもらって、ほんとにいいですか?」

 山よりは手前だと言うから、そんなに遠くはない。だからそんなに時間はかからない。でも、「年」も「日」もないここの人たちに「そんなに時間はかからない」と言っても意味があるのかどうか、アンにはわからない。

 「行って来なさい、フローラや。でもちゃんとお役に立つんだよ」

 「うん!」

 「あ、あの……」

 もし何かあったら、できる限りのことをしてフローラを守ります、と言うつもりだった。

 でも、テューレ婆さんは、さっきと同じように、くるっと横を向いて、テーブルの向こうから奥に入ってしまった。

 部屋にはフローラとアンだけが残る。

 待っていても、しかたなかった。

 「行くよ」

 アンが言うと、フローラはさっきと同じように力強くうなずいた。

 「うん」

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