第32話 アンの決心

 扉は閉めてしまったし、窓にはカーテンがかかっているので、部屋は暗い。でも、窓を開けると、またあの光が降ってきたとき、じかに浴びてしまうことになる。

 アンは短く息をついた。

 「あれ、どこから降ってくるんです?」

 「そんなの知るもんかね」

 テューレ婆さんの無愛想な答えは予想したとおりだった。

 「海のほうから降ってくるって言うよ」

 フローラが口をはさむ。テューレ婆さんは目をつむって大仰に首を振った。

 「見た者がいるわけでもなし」

 深く息をつく。

 「知っとるのは、大釜おおがまの魔女だけだろうて」

 「大釜の魔女?」

 そういえば、ここに来たときにそのことばをきいたと思う。

 「それは何なんです? 大釜の御殿、とかいうのと関係があるんですか?」

 「大釜の御殿は魔女の御殿だよ」

 フローラが言う。テューレ婆さんは、曲がった腰で、目を大儀たいぎそうに開いたまま、そのフローラを斜めに見下ろしている。

 「でもさ」

 フローラが勢いをつけて言った。

 「あの青い光、大釜の魔女がわざと振りまいてるって話もあるんだよ。だってさ」

 「フローラや」

 テューレ婆さんがたしなめる。でも、フローラはおばあさんをちらっと見上げただけでつづけた。

 「おかしいじゃないか。大釜の魔女はなんでもできるはずなのに、あれが降ってくるのを止められないなんて」

 「フローラ」

 もういちどおばあさんがたしなめた。

 「そんなこと、だれが言ってるんだい?」

 「街の子たち、みんな言ってるよ」

 フローラが言い返す。テューレ婆さんは首を振った。

 「おまえは街に友だちなんかいないはずだがね」

 「だからさぁ……」

 フローラがふくれた。

 そうか。この子にはあのパン屋のエルピスのほかに友だちはいないのか。

 「でも、言ってるのをきいたんだよ」

 アンからもおばあさんからも目を離して、小さくつぶやく。

 アンはテューレ婆さんの顔を見た。

 「その大釜の魔女って、魔女って言うぐらいだから悪い人なんですか?」

 「いいや。だいたい、魔法が使えるだけで、どうして悪いと決めつけるんだね?」

 テューレ婆さんが逆にきいてくる。

 それはそうだと思う。

 「この世界を造ったのもその大釜の大釜の魔女だ。大釜の魔女がいなければ、この天地はなかった。だから」

 言って、目を閉じ、小さく首を振る。

 「もし青い光を降らせているのが大釜の魔女だとしても、何か考えがあってのことだろうて」

 そうか。ここは魔女が造った世界なのか。

 それなら、すべてがアンの知っている世界と違うとしても、何もおかしくはない。

 そして、アンは魔女に造られた人間ではない。

 この世界では、地上に降ってきたお星さまなのだという。そして、その鍵の乙女は、この世界の普通のひとができないことができるのだという。

 だったら。

 アンは決心した。

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