第31話 テューレ婆さんと話す
テューレ婆さんは、フローラを抱いたまま、顔を上げてアンを見た。
かわいい孫があんたのせいで危ない目に遭った、などと言われたら、どうしよう?
しかし、テューレ婆さんが言ったのは、
「あんたが守ってくれたそうだな、外から来た娘さん」
ということばだった。
「礼を言うぞ」
「ああ、いえ」
返事に困る。
どうしてあの光が壁に映っているのに気がついたとき、アンはフローラを抱いたのだろう?
自分でもわからない。
フローラがテューレ婆さんから離れ、いっしょにアンを見上げる。
アンは眉をひそめてきいてみた。
「あの青い光っていうのは何なんですか?」
「なんだ。知らないで孫を守ってくれたのか?」
「ああ。ええ」
どう思われたかな?
「雷みたいなものかな、と思ったものですから」
「雷?」
テューレ婆さんが
たぶん、ここには雷はないのだろう。
「それは恐ろしいものなのか?」
「頭の上に落ちてきたらまず助かりませんね」
そんな言いかたでいいのだろうか?
「でも頭の上に落ちたのでなければ助かるのかね?」
「ええ、まあ。建物に落ちたら火事になったりしますけど、そういうのでなければ」
「あんたたちのところにはずいぶん奇妙なものがあるな」
それはたぶんお互い様だ。少なくとも、テューレ婆さんはいまのやりとりでここの青い光とアンの知っている雷がまったく違うものだとわかってくれただろう。
「それで、青い光というのは、雷とはまったく違うものなんですか?」
「ああ」
当然だ、とでもいうようにテューレ婆さんは言った。
「あれはものを育たせる光だ」
「育たせる?」
アンがききかえす。テューレ婆さんは頷いた。
「あんたも見たろう? 豚どもが急に大きくなってしまって、そこらが
「りんごなんか
フローラが言う。子どもがこうやって自分の知っていることを言って「大人どうしの話」に入りたがるのはここでもいっしょだな、と思う。
「あれが、青い光のせい?」
「そうだ」
「はあ」
でも、あの光さえあれば作物が育つのならば、小麦が不作だ、などと嘆かなくてもいいし、羊だってすぐに大きく育って、年に何度も羊毛刈りができるかも知れない。
ここには「年」はないらしいけど。
だからきいてみる。
「でも、だったらどうしてあれをみんな怖がるんですか?」
「何を言っとる?」
テューレ婆さんがばかにしたように言う。
「豚やりんごはいいが、わしなんかこれ以上育ったらどうなるね?」
「あ」
それはそうか。老人がこれ以上歳をとったら老衰が進んでしまう。
「ごめんなさい」
謝る。テューレ婆さんはふんと鼻を鳴らしてアンの顔を見た。
子どもにとっては、育つのはいいことではないかな、と思った。でも言わずにおく。
たしかに、子どものころ、アンは早く大人になりたいとは思ってはいた。いたけれど、お姉ちゃんと海に行ったり、ベリーズベリーの悪い子たちと追っかけあいをしたりしないで急にいまの歳になっていたとしたら、やっぱり困っていただろう。
それでわかったことがある。
あのエルピスを抱いて守ったパン屋の主人の男が、ひどく疲れた、急に歳をとったような顔に見えた。
あれは、「見えた」のではなく、ほんとうに歳をとったのだ。
青い光を浴びたせいで。
いや、だとすると?
「ところで、わたし、あの光を浴びたんですけど、さっきより大きくなってます?」
これでアンがまた大きくなっていたとすれば、またお姉ちゃんがひがむ。
「いや、あんたはだいじょうぶなんだろうて」
テューレ婆さんが言う。それで、さっきの失言は許してくれたのだろうと思った。
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