第21話 粉挽き場

 大きい建物のなかはあんがい明るかった。

 屋根は薄い石で葺いてあって、天井は張っていない。その屋根に明かり取りの窓がたくさんついている。

 なかでは大勢の人ががやがやしゃべりながら作業をしていた。

 水車や風車を使っていないどころではなかった。

 うすすら使っていない。棒でいて殻を落とし、みのふるい、鎚と棒でたたいて粉にしている。

 これはたいへんな手間だと思う。こんなやり方では、粉だって粗く、粒が揃わないだろう。

 でも、さっきのパン屋で見たパンは普通に焼き上がっていた。

 ファイトンのお父さんというフォルスさんが、キロンさんという男の人を連れて来た。フォルスさんより歳上で、落ち着いた感じの人だ。

 入り口の近くで、箱のような椅子に腰かける。大人二人とアンとフローラは椅子に座ったが、ほかの子たちはそのあたりの土間にそのまま座った。

 なんとなくピクニックに来たようだけれど。

 アンは覚悟を固めて、最初からきいてみることにした。

 「今日、うかがったのは、麦粉をおろす方たちが、街のパン屋に麦の子を卸すときに、この子の家にはほかの人の二倍や三倍の値段をつけないと売ってはいけないって条件をつけてるって話をきいて、それがほんとうかどうか確かめに来たんですけど」

 「はあっ?」

 キロンさんとフォルスさんの二人のおじさんたちは顔を見合わせた。

 フォルスさんは、ファイトンやイカルスの顔も見る。ファイトンもイカルスも小さく首を振った。

 日に焼けたような頬の色をしたキロンさんが、わけがわからなさそうにきいた。

 「その子は?」

 「テューレの孫のフローラです」

 フローラが、こんどは目も伏せないで、はっきりと言う。

 キロンさんとフォルスさんの二人の大人は顔を見合わせた。

 「……なんか知ってるか?」

 「いいや」

 「あの」

 ここで止めておいたほうがいいのかも知れない。でも、アンはもっときいてみることにした。

 「街の人たちは、このフローラの家の人が、もうずっと昔に、ほかの人が必要とするものを売らなかったって理由で、この子の家には高い値段でしかものを売らないんです。で、どうしてか、ってパン屋さんにききに行ったら、そうしないと麦粉を卸してもらえないから、って」

 キロンさんとフォルスさんはまた顔を見合わせる。

 「……なんか知ってるか?」

 「いいや」

 「なんかそれ、ひどい話だな」

 イカルスが言う。エルクリナも

「そうよ。街の人たち、なんかそんな意地悪ばっかりやって」

と続けた。

 ほっとした。

 思っていた以上の収穫だとアンは思う。

 フローラの家の「悪事」というのは、あのフローラの家のまわりだけで伝えられていることなのだ。少なくとも「街」を出て「海辺」まで来ると通じないらしい。

 一マイルも来ていないのに。

 ところが、フローラはというと、喜んでいるわけでもない。

 わけがわからないという顔をしている。

 「でも、うちがずっと昔、何かだいじな物を売らなかったから、わたしたちは高くものを買わないといけないって、ばあちゃんが」

 自分で言った。

 「それはまあ、みんなが忘れるくらい昔になら、そういうことはあったかも知れんさ」

 フローラに答えて、キロンさんがあけっぴろげに言う。

 「でも、おれたちはそんなことを覚えてなんかいないし、それにみんなだいじに作った麦だ」

 広い粉挽き場のなかに目を向ける。

 奥のほうでは、職人たちが、互いに話をしたり、笑ったりしながら、布でくるんだり、鎚の落としかたを加減したりして、ていねいに麦を搗いている。

 そうやって大人数でていねいにやるから、臼で挽くのと同じくらいきれいな麦になるんだなとアンは思う。

 「だからさ、ていねいに食べてくれる人に食べてほしいってだけで、そんなたいていの人が忘れてるような昔のことを持ち出したりしてだな、だれに売るときにはいくらで、なんて言うわけないじゃないか」

 キロンさんはんで含めるようにそう言った。

 うそをついているようには見えない。でも、あのパン屋の男の人に確かめたのだから、こちらにも念を押しておいたほうがいい。

 「それ、確かですよね?」

 「父ちゃんたちがうそなんか言うわけないじゃないか!」

 先にファイトンが身を乗り出す。イカルスとエルクリナも同じようにアンを険しい目で見上げている。

 ここでは人を疑うのは悪いことらしい。

 まあ、いいことではないと思うけれど。

 「こら」

 フォルスさんがたしなめる。キロンさんが

「まあほかの粉挽き場の連中にきいてみてもいいけど、そんなことはまずないな」

と大らかに言った。

 アンは微笑して頷いた。

 「ありがとうございます。疑うような言いかたをしてごめんなさい」

 「いや、いいってことよ」

 キロンさんは照れたように言って、首を振る。

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