第20話 海辺の大人たち

 「海辺」の子たちは街の大人たちよりもずっとつき合いやすかった。

 最初にアンにつかまった小さい女の子はイーダ、大きい女の子はエルクリナ、前に立ってみんなの代表のようにしゃべっていた男の子はイカルス、その後ろにいた、少し小さな男の子はファイトンというらしい。

 フローラも含めて、街の人たちが少しも気にしてくれなかった「アン」という名まえも、海辺の子たちはすぐに覚えた。

 「アン姉ちゃんってどこから来たの?」

 大きい女の子のエルクリナがきく。

 「ああ、ベリーズベリーって街の近くにあるウィンターローズ荘ってところから」

 「そこって、海、あるのか?」

 少し小さい男の子のファイトンがきく。

 「ないわよ」

 アンは少し考えてから、言う。

 「少し長い時間、汽車に乗って行かないと海には行けない」

 「汽車ってなんだよ?」

 ファイトンがききかえす。

 ああ、やっぱりないのか。

 「みんなで乗ったらさ、遠くまで運んでくれる機械」

 そんな説明でいいのだろうか?

 「うーん……」

 ファイトンは首を傾げて、ほかの子にきく。

 「わかる?」

 「知らない」

 小さいイーダが答える。イカルスもエルクリナも首を振っている。知らないらしい。

 ファイトンが感心して言う。

 「鍵の乙女が来るところっていろんなものがあるんだな」

 「うーん……」

 でも、考えてみれば、自分の来たところにも汽車なんて百年前にはなかったのだ。

 アンのほうが逆にきいてみる。

 「あなたたちって、あなたたちのなかでだれがだれのきょうだいとか、あるの?」

 「ううん」

 イカルスが答える。

 「イーダのところには妹がいるけど」

 ということは、あとはみんな一人っ子なのだろうか。それとも年の離れた上のきょうだいがいるのだろうか。

 そのイーダが

「フローラは?」

ときくと、フローラは答えにくそうに首を振って、

「うちもいない」

と答えている。

 でも、考えてみたら、お屋敷のアイリスお嬢様も一人っ子だ。

 「わたしにはお姉さんがいてね」

とアンが話そうとすると、先頭を行っていたイカルスが

「あ、見えてきた。あそこ」

と指をさす。

 それは、道が緩やかに曲がった先にある、板石スレートきの屋根の大きな平たい建物だった。

 向こうからは、背に麦束を背負った人たちが何人かまとまってやって来る。しわの深い、年を取った人もあれば、若くて元気そうな人もいる。そのみんなをまとめて連れて来た男の人がこっちを向くと、ファイトンが

「あ、あれ、お父さん」

と声をかけた。その男の人も手を上げてファイトンに答える。

 いまアメリカにいるアンのお父さんよりまだ若いくらいで、元気そうな男の人だ。

 ファイトンが走り出すと、イカルスもくっついていき、ファイトンがお父さんと呼んだ人に何か話している。

 アン、エルクリナ、イーダに、最後にフローラがくっついて行くと、そのお父さんは大きい建物の中に麦束を置きに行ってからまた出てきてくれた。

 「よお」

とアンにいきなり声をかけ、腕のところをたたいてくれる。荒っぽいけれど、ここで上流階級っぽい礼儀を守ってほしいなんてアンは最初から思っていない。

 「ぼくのお父ちゃんで、フォルスっていうんだけど」

 ここまでわりとすまして話をしていたファイトンが恥ずかしがりながら言う。

 「あんた、鍵の乙女なんだってな」

 いきなり言われる。

 「はい。アン・ファークラッドといいます」

 そう言ってにっこりと会釈するのが、大人になったみたいで、何かくすぐったい。

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