第16話 海へ下りる道

 「年」で時間を計らないということは、「何歳」ときいてもわからないということだ。つまり「いっしょに遊んでたのは何歳のときまで?」は通じない。

 だからきくのはやめる。

 「いまは?」

 「ああやって店に行ったときに会えるだけ。だから、わたしが店に行くとああやって出て来てくれるんだ」

 「じゃ、毎日店に行ってるの?」

 フローラはわけのわからない顔をする。

 「毎日、って、なんだよそれ?」

 「毎日、って……」

 そうか!

 「年」がないだけではなくて、ここには「日」もないんだ。

 「年」はなくても「日」ぐらいはあってよさそうだと思うけれど……?

 ここに住む人たちが時間を測ることにはそこまで無頓着なのだと思う。

 「いや、あのパン屋さんにはよく行くの、っていうこと」

 「いや、たまにだよ」

 ということは、あの家では自分でパンを焼いているのだろうか。

 いや、だとしたら、粉屋さんを知らないということはないだろう。

 ここに来てすぐのあいだは、ベリーズベリーとあまり違わない街だと思っていたが、いろいろと違うところがある。

 「じゃあ、あのエルピスにもたまにしか会えないってことじゃない?」

 「うん……」

 「いいの?」

 「しようがないじゃないか」

 フローラがねたように言う。

 「それは、よくないけど、どうにもしようがない、っていう意味ね?」

 アンが言うとうなずく。

 またしばらく家のあいだを歩いて行く。少し行くと急に両側が開けて明るくなった。

 両側の家並みが途切れた。

 アンは足を停めた。靴がこつっと鳴ったのがなんだか懐かしく感じる。

 「ああ!」

 深く大きく息をしてみたいと思った。

 道の右側には山の斜面が迫る。左側は遠くまで空が開けていた。

 とても久しぶりに「広いところ」を見た。

 道の脇の塀の下に街並みが広がっている。朱色の瓦や灰色の石板スレート瓦の家が、くっついたり、あいだに小さな畑を挟んだりして並んでいる。

 その街並みの向こうはたしかに海だ。

 ただアンの知っている海とは違うようだ。アンが見たことのある海は、青くて、紺色で、遠くから白い波が寄せてきていた。

 ここでは海も空と同じような暗い水色だ。前に海を見たのは、小さい白い雲が浮いている真っ青な空の下だった。ここでは空は薄曇りの空を暗くしたような水色だから、その空の明かりのせいかも知れない。

 そんな海でも、見えてくると、ここまでの街並みよりはずっと明るく感じる。

 暗くなりがちだった気分まで明るくなる。

 この先、道は山の中腹をうようになだらかな上りになってつづいていた。

 ところどころ、道沿いに家が散らばる程度だ。

 これをずっと行くとその「大釜おおがまの御殿」に行くのだろう。どちらにしても、粉き屋がこちらにあるようには思えない。

 急な斜面に、下へと下りる石段がついていた。

 「海のほうに下りるよ」

 アンがフローラに言う。フローラはいいともよくないとも言わないでついて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る