第15話 粉挽き屋へ

 アンは道を四つ辻やフローラの家とは反対のほうへ向かう。

 粉き屋がこの街のどこにあるかはわからない。

 ただ、風車や水車を使っているならば街のまん中にはないだろう。あの四つ辻が街のまん中のほうだとすれば、粉挽き屋があるのはこちら側だと見当をつけた。

 フローラは後ろからちょこちょことついてくる。

 「ね、どこ行くのさ?」

 「だから、麦を粉にしてるところ。あなた粉屋さんってどこにあるか知ってる?」

 フローラは黙って首を振る。

 「風車とか水車とかは?」

 「なんだよそれ?」

 ことばは通じるのに「風車」・「水車」が通じないということは、ここでは麦粉を作るのに風車も水車も使ってないということだろうか。

 でも、手回しのうすで麦粉を挽いていて、この街の人たちに麦粉が行き渡るのだろうか?

 それほど人数がいるわけではないウィンターローズ荘のなかですら、荘園で使う麦は水車で挽いているのに。

 「じゃ、麦の畑ってどこにあるの?」

 「どっか遠いところだよ」

 遠いところか。

 「山の向こう?」

 「そう」と答えられたら、山を越えて向こうまで行かないといけない。

 この道は上り坂なので、このまま行けば山のほうにつながっているのだろうけれど、その向こうまで行って戻ってくるのはたいへんだと思う。

 でも、フローラは

「山に向こうなんてないよ」

とはっきり答えた。

 「この道は大釜おおがまの御殿まで行って、それで終わりだよ」

 さっき四つ辻で男たちが「大釜の御殿」がどうこう言っていた。

 あのうちのだれかが「大釜の御殿」にアンのことを知らせただろうか?

 そして、「大釜の御殿」の役人が来て、アンはつかまってしまう?

 でも、それならばあそこにいた人たちはアンを四つ辻から逃がしたりはしなかっただろう。

 いや。

 ここはパン屋が自分のところに麦粉をおろしている粉屋がだれかも知らないようなところだ。街の人たちも、「鍵の乙女」はつかまえなければならないけれど、自分が力を貸すのもごめんだと思ってしまったかも知れない。

 よくわからないし、だったらいま「大釜の御殿」のことを考えてもしかたがない。

 「じゃあ、遠くってどっちのほう?」

 「さあ」

 やる気のなさそうな答えにもアンはもういら立ったりしない。答えが出なければ、適当に歩き回ってきけばいいと思う。

 フローラはまた投げやりに言う。

 「海のほうなんじゃないの?」

 そうか。海があるのか。

 上り坂を登って海に出るはずがないけれど、引き返すのもいやだったので、まっすぐ歩く。

 どこかで海のほうに下りる道があるだろうと思う。

 しばらくは家と小さい畑とが続く。薄暗くてじめじめしている。

 アンはきいてみた。

 「ところでさ、あの子、だれよ?」

 くすぐるように。

 「あの子って?」

 「だから、パン屋でいたじゃない? 男の子」

 「ああ。あれはエルピスだよ」

 いやがったり照れたりするかと思ったら、そうでもない。

 「小さいときから友だちなんだ」

 「でも、あの子のお父さんは、あんたにパンを高い値段でしか売ってくれないんでしょ?」

 「うん」

 「じゃ、二人で遊ぶのは許してくれるの?」

 「くれない」

 フローラは硬い声で言った。

 「もっとちっちゃかったころはさ、いっしょに遊んでたんだ」

 ちっちゃかった、って、どれくらい前だろう?

 そう思って、ここでは「年」というのが通用しないことを思い出した。

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