第14話 パン屋の男の子

 ああ、奥さんが出て来たな、とアンは思う。

 あの意地悪な「叔父」という人だって、筋を通した議論では何度もメアリーお姉ちゃんに負けそうになった。

 そのたびにその「叔父」という人は叔母さんという人を呼ぶのだ。お嬢様の叔母さんだという人は金切り声でまくし立て、お姉ちゃんも負けずにまくし立て、けっきょく理屈を通した議論ができなくなってしまう。

 アンも覚悟を固めようとした。

 「あはっ!」

 でも出て来たのは小さい子だった。フローラと同じくらいだろうか。

 髪がすなおで、短く切りそろえている。男の子らしい。

 内気そうなその子は、出て来たときには何のおもしろいこともなさそうな顔をしていたが、男が身を乗り出しているパン棚の下から、笑って手を上げてフローラに合図を送った。

 「うん?」

 アンが身を乗り出したまま後ろを見ると、フローラも同じように笑って答えている。それをアンに見られて、びくっとした。

 かわいい。

 顔を戻してみると、パン屋の男も棚の下にいる子から顔を戻したところだった。

 きまり悪そうにしている。

 「ともかくだな」

 男は勢いをくじかれたようだった。

 「こいつにほかの連中と同じ値段でパンを売ったりしたら、これからこの店が麦粉を売ってもらえなくなる」

 言いながら台の下の自分の子を気にしている。

 「麦粉?」

 「ああ、そうだ」

 「麦粉はどこから買ってるの?」

 「そんなの知らないよ」

 もうこんな答えにアンはいちいち驚かない。続けてきく。

 「麦粉のほかには?」

 「ほかって、麦粉のほかに何がある?」

 「何もないのね?」

 麦粉だけではパンは焼けない。油も塩もパン種もいる。でも、「油とか塩とかパン種とかはいらないの?」とはきかなかった。

 パン屋の男は答える。

 「ああ」

 「麦粉だけあればパンは作れるのね?」

 「ああ」

 もうひと押しする。

 「それ、確かね?」

 「確かだよ」

 「わかった」

 「フローラ!」

 アンは振り向いて声をかけた。

 「行こう!」

 フローラは、台の下の男の子とアンをしばらく見較べたが、アンがパン屋を出て行こうとすると、あっとアンの顔を見上げて、自分から扉を開いた。

 最後にちらっと台の下の男の子を見る。

 アンも急ぎ足にならないように外に出た。

 扉を閉めるまで、中のパン屋の男は声をかけてこなかった。

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