第13話 アン、パン屋と言い合いする
アンと男は、パンを置く棚をはさんで向かい合っている。
背を前に曲げて身を乗り出して、それで目の高さが同じというだけで勢いがついたように思う。
「理由だと?」
パン屋の男は半ば気圧されている。
たぶん、フローラには
パン屋は、ふん、と顔を動かし、あごでフローラを指した。
「そいつの家のやつがな、昔、みんなにとって必要なものっていうのを売らなかったんだ。それ以来、そいつの家には」
「だからさ」
アンが強引に
「その、みんなにとって必要なもの、っていうのが何だったのか、それを教えてほしいわけ」
「そんなの!」
男は答えに詰まった。そんな問いが出てくるとは思わなかったようだ。
「そんなの……どうでもいいじゃないか」
「どうでもよくないでしょ?」
アンはきつい言いかたにならないようにして突っぱねる。
「だって、そのとき、この子の家だってそれを手に入れるのに苦労していたかも知れないでしょ? 必要なものだからっていつも手に入るとは限らないんだからさぁ」
「そんなことはない。すぐに手に入るものだ」
「だったらおかしいじゃない? すぐに手に入るものだったらさ、この子の家から買わなくても、ほかのところから手に入れれば」
「そういうわけにはいかないのだ!」
「だから、それはどうして?」
「そんなの!」
また詰まる。
「そんなの、忘れてしまったよ。だいたいずっと昔のことだぞ? だれがそんなの覚えてるっていうんだ?」
「じゃあ、この子の家にだけ高い値段でパンを売るのっていうのも忘れなさいよ」
とても合理的な結論だと自分で思う。
「忘れられるかっ!」
怒った。
後ろではフローラが身を小さくしている。ほうっておくと「もういいよ」と言い出すかも知れない。
アンは先を急ぐ。
「この子の家にパンを高く売るってことを覚えてるのだったら、この子の家が、いつごろ、どういう理由で、何を売ってくれなかったか、そっちも思い出しなさいよ! だっておかしいでしょ? その理由があって、この子の家にはパンを高くしか売らないのに、その理由だけ忘れて、パンを高く売ることだけ覚えてるって」
「おかしい、って言ったって、おまえ……あの……あのさぁ……」
男が答えに詰まる。
扉が
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