第12話 パン屋
「鍵の乙女」だから何かができるとは思っていない。
でも、何かはしなければ。
「理屈で押せばなんとかなるもんだよ。やりたいことの十分の一とか二十分の一とかであってもさ、理屈こねてれば、それぐらいは通るもんだって」
いつもそう言っているお姉ちゃんの妹として。
もっとも、それで何も通らないでぷんぷん怒って帰って来ることもあったけれど。
アンはそういうお姉ちゃんがいやだった。
理屈で押そうとするお姉ちゃんも、それがうまく行かなくてぷんぷん怒ってるお姉ちゃんも。
でも、いま、アンはその「お姉ちゃん」役をやってみてもいいと思っていた。
このフローラという女の子のために。
外に出てみてもあの日暮れ色のまったくない日暮れのような明るさは変わっていなかった。
庭には小さい豚が三匹か四匹いて、何かあさっていたけれど、フローラは追い払おうともしない。
これがベリーズベリーでならどうだろう?
自分の庭で豚が何かあさっていたら、棒で追い払うんじゃないだろうか?
「で、どこ行く?」
低い塀を出てから、アンがきく。
「どこでも」
自分の関わることではないような、やる気のなさそうな答えだ。
アンは怒りそうになる気もちを抑える。
たぶん、ここではこれがあたりまえなのだ。
「でも、あなたたちにものを高い値段で売るお店に行かないと意味ないじゃない? いちばんよくそういうことをするのって、どこ?」
「パン屋かな」
わりと普通の答えだ。
それに、パン屋でそんなことをされてはたまらない。
パンなんて毎日食べるものなのだから。
明日からは、アンもパンを買って食べなければならない暮らしになる。
だったら、ここでパン屋との値段のやりとりを経験しておくのも悪くはないだろう。
「じゃ、連れて行って」
「うん」
フローラは、最初に来た四つ辻とは反対の、坂の上のほうへと歩いて行った。道にはりんごが垂れ下がり、小さい豚はあいかわらずそこここにいる。
道を行く人たちがアンを見て「鍵の乙女だ」と驚くことはもうない。
道は一本なので、アンがフローラの斜め前になって、坂を登って行く。
石畳で土台を高くした家をフローラは指差した。
家の前のほうに煙突が立っている。それでパン屋だということはわかった。
店に入るときになって、フローラがアンの真後ろに回った。
アンが扉を押して店に入る。
フローラがそのまま逃げるかも知れないと思った。逃げなくても、店の外でアンが出てくるのを待つかも知れない。
でも、フローラはアンに隠れるようにして店に入ってきた。
「おう」
低いパン棚の向こうにいた店の主人は、アンを見ると無遠慮に声をかけた。
「見慣れないお客さんだね。何をお望みで?」
よく肥えた、人のよさそうな男だ。意地悪をする人には見えない。
だが、アンの後ろにフローラの姿を見つけると、急にその顔から愛想というものが消えた。
「なんだ、おまえか!」
脅すように言う。
「おまえにやるパンなんかないんだよ。とっ……」
「とっとと帰れ」とでも言うつもりだったのだろう。そこにアンが身を乗り出した。
「あのさ、その理由っていうのを教えてほしいんだけど」
この男も、ここのほかの住人と同じで背が低い。それがいまのアンにはありがたい。
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