第8話 テューレ婆さん
「どうした? 何をやっとる、フローラ?」
それは背の曲がった老婆らしかった。「陰」としか見えなかったのは、足音も気配もまったく感じさせないで姿を現したからだ。
テーブルの向こうに出入り口があり、そこから出て来たらしい。
声は低いが、言うことはあんがいはっきりしていた。
目を上げてアンをにらむ。暗いうえに、老婆の後ろが窓でなおさらよくわからないが、その目の縁は赤いのだろうとアンは思う。
「ばあちゃん! このひと鍵の……」
フローラが言うのに声を重ねて、
「初めまして。わたし、アン・ファークラッドといいます」
と言う。このおばあちゃんにまでアンが「鍵の乙女」だと信じこまれてはやっかいだと思ったからだ。
「ふん」
やっぱり名まえにはあまり関心がなさそうだ。フローラがあらためて
「このひと鍵の乙女なんだよ」
と言う。おばあさんは疑り深そうな目で斜めにアンを見た。
「どこから来なすった?」
でも話はこちらのほうが通じそうだ。
「ベリーズベリーのウィンターローズ荘から」
「ウィンターローズ荘?」
おばあさんは繰り返し、眉間に皺を造り、目を細めて言った。
「ああ、まあ、つまり、外から来たってことだな?」
言いかたは無愛想だが、やっぱりこのおばあさんのほうが話が
「はい、そうです」
「外」と言っていいかどうか知らないけれど、ここではないところから来たのだから、「外」には違いないだろう。
おばあさんはため息をついた。
フローラがこんどはそのおばあさんに訴える。
「おばあちゃん! このひと鍵の乙女なんだ。変えてもらおうよ! ずうっとひどい目に
そうか。ひどい目に遭ってきたのか。
おばあさんはもうひとつため息をついた。フローラに言う。
「フローラや。それはわけがあってのことだと、何度言ったらわかるんだね?」
フローラはとっさに言い返せない。おばあさんは続けた。
「それに、鍵の乙女っていうのは、鍵のお恵みで外からここに来てくださった方のことだ。世を変えてくださるかどうかは」
目を閉じて、小さく首を振る。
「わからん」
そうだったのか、とアンは思う。
世を変えなくていいというだけで、気は楽だ。
相手は歳上だ。アンはお行儀よく背を伸ばして、軽くお辞儀した。
「おばあさん、お名まえは?」
「わしはテューレだがな」
おばあさんはぞんざいに答える。
アンはきいてみた。
「フローラがずっとひどい目に遭ってきたって言ってますけど、どういうことです?」
どういう答えが来るだろう?
テューレ婆さんは顔をそむけながら言った。
「それはあんたには関係ない」
あらかじめそういう答えが来るだろうと思っていたので、それにさらに答えるのは難しくない。
「いや、関係ないってことはないと思いますけど」
そう言うとフローラを助けなければならなくなることはわかっていた。
それは、アンにできることなのだろうか?
でも、ひどい目に遭ってきたと言い張る女の子をほうっておくわけにもいかないとアンは思う。
テューレ婆さんは答えない。
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