第6話 小さな家
四つ辻から上り坂を登った。ずいぶん走ったようだが、もう遠くなった四つ辻のところからこっちを見ているひとがまだ何人かいる。
小さい女の子はアンの手を引っぱったまま振り向きもしないで小さな家の敷地に入った。
低い塀で囲まれた
その庭には貧弱な雑草がところどころに生えているほか何も生えていない。木肌の黒い木はあったけれど、りんごの実はついていなかった。枯れ葉が何枚か枯れ枝にくっついて揺れているだけだ。
女の子はアンの手をしっかり握ったまま、木の扉を自分の左手で押し開け、家のなかに入る。
四つ辻からここまでアンの顔は一度も見なかった。
アンが続いてなかに入ると、ぎゅっと握っていた手をやっと放してくれる。
やっぱりここに住んでいる人たちは少し背が低いらしい。家の入り口もアンは背をかがめないと入れないくらいだった。
入ったところは台所らしい。テーブルがあり、口の広い壺やポットが無造作にあちこちに置いてある。
床は土間のままだ。ひんやりと湿っている。
さて、何を言えばいいだろう?
助けてくれてありがとう、だろうか?
でも、べつに助けてもらったわけでもない。大人たちに囲まれて困ってはいたけれど。
だからといって、ここどこよ、何を勝手にこんなところに連れて来て、と怒る義理でもない。
だがアンが考える手間は省けた。
その女の子は、アンの手を放すとちょこちょこっとアンの後ろに回りこんで扉をばたんと閉め、すたすたと戻ってくると、アンを見上げて言った。
「お姉ちゃん、鍵の乙女なんだろ?」
いきなり、それ?
「いや、だから、鍵は持ってるけど」
言ってからいまも持っているかどうか確かめる。
右手に握って持っていた。無理やり引っぱって来られて、走って、よく落とさなかったものだ。
「鍵の乙女ってことは、世のなか、変えてくれるんだろう?」
「はい?」
そういうことになっているのか、と思う。
「なっ? 世のなか、変えられるんだよな?」
女の子は懸命にアンの顔を見上げて、訴えるように言った。
アンは息をついて肩の力を抜いた。
正直に言う。
「無理」
あの意地悪な「叔父」たちから、お嬢様はもちろん、お姉ちゃんすら守ることのできないアンに、何が変えられるというのだろう?
「だって、鍵の乙女なんだろう?」
話が戻った。
「話が違うじゃないか! なぁ! 世のなか、なんでも思ったように変えられるんだろ?」
短い髪を振り乱して、女の子は訴える。
下手なことを言うと泣き出しそうだ。
だからといって、なんでも変えてみせる、なんて約束もできない。
まずは、常識的なところから行こう。
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