第5話 鍵の乙女

 男たちは、アンから少し離れ、まずまわりの男の子たちに

「おい、どこか行きなさい」

と声をかけた。

 「え? なんでだよ」

と言い返そうとする男の子を、手を振って追い散らす。

 最初に声をかけた初老の男が、上目づかいでアンを見た。

 少しためらってから言う。

 「あんた……鍵の乙女だな?」

 「はい?」

 「いや……」

 また少しためらう。別の男がことばを継いでくれるのを待っているようだが、だれも何も言わない。しかたなく、だろう、その男が続ける。

 「あんた、鍵の乙女なんだろう?」

 「いえ、その……」

 たしかに鍵は持っているし、乙女と言われればそれは乙女だけれど。

 でも、鍵を持っている女の子なんて、そんなに珍しいものなのだろうか?

 「その鍵を持ってるってことは、鍵の乙女なんだな?」

 しつこく問い質してくる。

 「いえ、これは拾ったもので」

 相手の迫力に圧されながら、アンは答えた。

 「これはだいじな鍵なんですか?」

 「いや、それがだいじな鍵かどうかっていうことより」

 男はそこでことばを濁し、ほかの男たちと目を合わせる。

 アンとも目を合わせて、気まずそうに目を逸らす。男はいきなりどなった。

 「おい、だれか大釜おおがまの御殿に知らせに行け」

 ほかの男の大人たちは、聞いて、とまどう。

 「大釜? なんで?」

 「あんなところ、普通行くところじゃないぞ」

 「そんなこと言うなら、あんた行けよ」

 見ると、四つ辻のまわりには、アンと男たちを取り巻くように人びとが集まっていた。

 最初にアンに寄って来た男の子たちもまだいて、様子をうかがうようにこちらを見ていた。買い物かごを持った女の人もいれば、女の人のスカートをぎゅっと握った女の子たちもいる。小さい子から老人まで、いろんな人がいた。

 たしかに、みんな、アンがふだん知っている人たちと較べるとひと回り背が低い。

 小さい豚たちまで、足を止めてその輪の中にいた。もっとも、これはアンのほうを見ているのではなく、四つ辻に落ちた食べ物屑を拾って食べているらしい。ふだんは人が行き来しているので食べられないからだろう。

 そうやって見ている人たちのあいだから声が聞こえてくる。

 「鍵の乙女って……」

 「なんでいまごろ……」

 「なんか不安ねぇ」

 「……ねぇ」

 あまり歓迎されてはいないらしい。

 とは言っても、アンが何をしただろう?

 ふいに下のほうで声がした。

 「お姉ちゃん、こっち!」

 アンは、いきなり左腕に飛びつかれ、強引にぐいっと引っぱられた。

 引っぱられるままにアンは走り出す。

 「あっ、こら、待てっ!」

 男の一人が言う。何人かが追いかけてこようとした。でもすぐに足を止めた。

 アンを引っぱっているのは小さい子どもだ。

 背はアンの胸の下あたりまでしかない。髪の毛は肩のあたりまでで、粗い髪質のようだ。女の子らしい。

 アンはその子に左手を引っぱられるままに走った。

 まわりは人垣ができている。こちらは女の子二人だから、もし本気で止めるつもりならば造作もないはずだ。

 でも、アンを囲んでいた人たちは、アンが近づくとささっと場所を空けて、女の子とアンとを通した。

 振り返ると、さっきの四つ辻では、逃げたアンのほうを振り向きながら、何人もが声をひそめて話している。

 「だれだよ? 鍵の乙女を連れて行ったのは」

 「テューレばあのところの女の子だろ?」

 「ああ……!」

 そんなひそひそ話がアンの耳に残る。

 少しも夕暮れのような色ではない、でも明るさは夕暮れのような空の下、石畳の上を、アンは女の子に引っぱられながら走り続けた。

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