第2話 アンが見つけた鍵

 奥様と旦那様が相次いで急に亡くなられ、アイリスお嬢様はベルヴィル家の家族としてたった一人この世に残された。

 その悲しみにくれる間もないうちに、インドから来たというお嬢様の叔父夫婦と名のる人たちが、このウィンターローズ荘は自分たちのものだと言い出したのだ。

 それまで一度もお屋敷に姿を見せたことすらない人たちなのに。

 そして、お屋敷に住んでいたアイリスお嬢様を、自分たちと入れ替わりにインドに行かせようとした。気候もいいし、ここよりずっと広い荘園があるから不自由はしないはずだという。

 お嬢様は一度はその気になりかけた。しかしインドにそんな荘園がほんとうにある保証はないと、家庭教師のヴィクターおじいさんとアンのお姉ちゃんのメアリーが猛反対した。それでお嬢様がお断りになると、その叔父夫婦という人たちは

「じゃあ、勝手にしろ」

と、何の財産も与えないでお嬢様を追い出すことにしてしまったのだ。

 アンはいい。

 もともと住み込み使用人の娘だ。いつかはここを出て、できれば別の奉公先を探すのだろうと思っていた。

 だから、アンにとっては、まだ、その日が突然にやってきたというだけですむ。

 気の毒なのはお嬢様だ。

 叔父夫婦と名のる人たちは、インドから持ってきたお金を派手にばらまいて、すぐに屋敷じゅうの使用人を自分の味方にしてしまった。

 家庭教師のヴィクターさんがやめてからは、アンのお姉ちゃんのメアリーただ一人がお嬢様の味方だ。

 アンのお父さんとお母さんは少し前にお屋敷勤めをやめてアメリカに渡っていた。お姉ちゃんはお父さんとお母さんに助けを求めた。でもお父さんたちからの返事は

「お嬢様にはインドに行ってもらい、メアリーとアンはいつまでもお屋敷のことにかかずらっていないでアメリカに来なさい」

というものだった。どうやら、そのお嬢様の叔父夫婦という人たちがお父さんとお母さんに先に手を回していたらしい。

 それからというもの、メアリーお姉ちゃんは、お嬢様がこれから少しでもよい暮らしができるようにと、あの意地悪な人たちやその仲間、いまはその意地悪な人たちの言うなりになっているほかの使用人たちと、一人で毎日やり合っている。

 その事情はわかる。

 わかっているつもりだ。

 でも、つらい。

 妹の自分と話し、いっしょに遊び、いっしょに勉強するための必ず時間をとってくれていたお姉ちゃんには、そんなことをしている余裕がなくなってしまった。

 アンはこのお屋敷でひとりぼっちだ。

 それだけではない。

 親切で気立てのよかったお姉ちゃんが、一日じゅう、怒鳴ったり、泣きそうになったり、ご飯のときにさえ頭をおさえて何か考えごとをしていたりばかりしている。

 その姿を見るのがつらかった。

 だから、アンがそっと扉を開けたことにも気づかず、ベッドで毛布を抱くようにして、横向きになって寝ていたお姉ちゃんの姿を見て、アンはほっとした。

 まるで男の子だ。

 そう思って、アンはお姉ちゃんの寝室の扉を閉め、使用人用の出口から出て来た。

 この丘で確かめておきたいことがあった。

 今日の午後、日が暮れる前に、ここに登るのもこれが最後だと思ってこの丘に登った。

 ゆっくりと丘の頂上の樫の木に向かって歩いていたとき、鍵を見つけた。

 小さな鍵だった。

 あたりまえの、いや、どちらかというと粗末な真鍮しんちゅうの鍵のように見えた。

 お屋敷のどこかの扉、それも物置か通用口か、そんなにだいじではないところの鍵だったのだろう。もう使われなくなって、捨てられたのだ。

 そう思って、そのときは通り過ぎた。

 しかし、眠ろうとすると、その鍵のことが気になり始めた。

 ふだんならば、もし気になるならば明日調べればいいと思って、そのまま寝てしまうところだ。そして、次の日には、たぶんそんなもののことなんか忘れてしまう。

 でも、今夜はそうはいかない。明日はこのお屋敷を出なければいけないのだから。

 ベッドの上で寝返りを打つたびに目がさえる。

 それで、昼に着ていた服をもう一度着て、こうして出て来た。

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