第3話 光と風
この暗闇では小さな鍵なんか見つかるわけがなかった。
まだ金や銀でできていたら、またきらきら輝くくらいにきれいに磨いてあったとしたら、この夜のかすかな明かりの下でも見つけることができただろう。
けれども、あの鍵は、錆びてはいないまでもくすんでいた。
また天を突き刺すように枝を突き立てている樫の木をしばらく見上げて、アンは息をつき、目を落とした。
ここから見ると、と、アンは思う。
この丘は象のような形だという。でも、象というものを見たことがないアンには、そう言われてもよくわからない。
この丘のかたちは家のよう。
いや、
ウィンターローズ荘の母屋よりも大きい館を建て、下に館があるのがわからないように上から土をまぶして隠す。
まぶした土の上に芝草が生え、長い年月が経つうちに木が育つ。
そうすればちょうどこの丘のようなかたちになるだろう。
アンの立っているところの正面がちょうどその玄関のポーチのようにも見えた。
この下に館が埋もれているとしたら、そこに住んでいる人たちはどんな暮らしをしているのだろう?
いつの間にか、外に芝が生え、木が育って出られなくなって困っているだろうか?
それとも……?
アンはほほえんだ。
空想だ。
鍵は見つからなかった。それでもうこの荘園に思いを残すことはない。
アンはほっと息をつくと、くるっときびすを返した。
靴の爪先が、こつん、と何かを蹴った。
アンは立ち止まり、しゃがむ。
靴の先の地面に手をやる。
「あ……」
あった。
昼間に見つけたあの鍵だ。
地面に半ば埋もれている。
でも、アンがつまむと、それはかんたんに地面から取れた。
見つけるのをあきらめたら見つかるものだ、と思う。
鍵を持って立ち上がり、その鍵を夜空にすかして見てみる。
やっぱり何のかわりばえもしないただの鍵だ。
取っ手のところが、大きい円のなかに三つの円を重ねて打ち抜いたようなかたちになっているが、鍵としてはとりたてて変わったかたちではない。上に突き出た
見つけたからと言って、どうというものでもなかった。
もとどおりここに捨てて帰ろうか。
アンは鍵を投げ捨てようとして、首を振った。
一つぐらい、このウィンターローズ荘のものを持って行ったっていい。しかも、これはここでずっと土に埋もれていてもだれも困らなかった鍵だ。
捨てようとした鍵を、そのまま胸にところに持ってきて、胸の前に抱いて目を閉じる。
ゆっくりとしずかに息をつく。
自分の周りで、光が変わり、風が変わっていくのを感じても、アンはまぶたを開かなかった。
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