その背中を追って

I’m諺

その背中を追って


 あの人が消えたあの日から、俺は戦場を彷徨った。


 何処かにあの人がいるはずだ。

 あんなに頑丈な人、死ぬはずない。

 きっと何処かで生きてる。

 俺が早くあの人の元へ行かないと。

 あの人止められるのは俺だけだから。

 きっと、屈託の無い笑顔で笑ってる。

 汚くて、無邪気なあの人がいるはずだ。


 早く見つけ出さないと。


 戦闘に巻き込まれて他の奴に殺されるなんて事があったら大変だ。

 あの人を殺すのは俺だ。

 他の奴があの人を傷つけるなんて許さない。


 彼岸花を掻き分けて、道なき道を進む。


 急に視界が開けた。

 色とりどりの花が咲き、緑の草に足元が覆われている。

 透明に透き通った水が流れる川辺。

 血腥い戦場からは一転し、天国のような場所。

 対岸には探し焦がれたあの人の後ろ姿。


「井爪さん!」


 袴が水を吸って重くなるのも構わず、俺は川に足を入れる。


「藤、遅かったなあ、待ちくたびれたで」


 と、あの人はいたずらっぽく笑う。


「ほら、菓子でも食べに行こ! お腹空いたわ」


 こちらに手を差し伸べる、自分よりも二周りほど小さな影。


「全く……今も戦闘中だと言うのに呑気なものですね」


 ため息を吐きつつも、安堵からか俺の顔は緩む。


「ええねん、そんなん。藤はいっぱい働いたやろ? もう休んでもええやん。な?」


「勝手なことを言いますね、ほんと。貴方はいつも」


「勝手なんはどっちや。井爪の側から離れて。井爪の部下ならずっと側に居い!」


「貴方が先にどっか行ったんでしょ。探したんですから」


「はいはーい、もう迷惑かけへんもん。な、これからはちゃんと一緒にいるから」


「一緒にいてくださいよ、井爪さん」


 差し出された手を右手で掴む。



「うん、もう離さへん」



 バキッ、と木が砕ける音がする。

 井爪さんの手を取った俺の義手はボロボロと朽ち落ちた。


 「離さない」と笑う井爪さんの顔は黒かった。

 どろりとした液体が俺の手に、顔に滴り落ちる。

 俺が掴んだはずの傷だらけの手は腐敗して、所々に骨が見える。

 美しく透き通っていた川の水も沢山の死体から溢れた血と腐った体液へと変わっている。


 むせ返るような死臭。

 吐き気に襲われる。

 そうか、ここは地獄か。

 彼岸花の咲き乱れる俺が流した血の地獄。


「フじ、ずっトイッ緒に、イこウ、イッショ、イッショ…」


 井爪さんだった物体は俺に向かってどろりと落ちてくる。

 沢山の死体に足を取られ、そのまま底無しの血の海に溺れる。


 ああ、やっとここに来れた。

 随分遠回りをした。

 なんども引き戻されたけど、やっとだ。

 俺は怨嗟の声に身を委ね、目を閉じた。





「……わ……ふ……藤原!!」


 突然の大声と頬に走る痛みに意識が覚醒する。

 目の前には榊さんを始めとした自軍の面々。


「……こ、こは……」


「医務室! また無茶して! まるで生気が抜けたように戦場を彷徨っていた所を敵軍にやられたと聞いたぞ!」


 生きてる。

 確かに痛みがある。


「……榊さん……」


「何だい!?」


「井爪さん……は……」


 俺の言葉に、俺を心配そうに見下ろしていた顔が一斉に曇る。


「……井爪は……あいつの事は、諦めろ……」


と、苦しそうに國春さんが小さな、しかし俺に聞こえるくらい力のこもった声で呟いた。


「……そう……」


「けど生きててよかった! 今度ばかりは死んだかと思ったよ!」


 と、俺を抱き締める榊さん。

 その肩に顔を埋めながら俺は答えた。


「ええ……今度ばかりは死んだかと思いましたよ」


 まだ俺はどこにも行けないのですね。


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その背中を追って I’m諺 @monukeno_atama

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