KAC20225 真に強いジジイとは

無月兄

第1話

「どれ、そろそろこの年寄りが本気を出す時がきたようじゃの」


 ここは、バトルマンガの世界。様々な格闘家が種目に関係なく戦うというもので。俺はその主人公だ。

 そんな俺は、色々あって、とある道場にて一人のじいさんと戦うことになっていた。


 さっきも言ったように、相手はじいさん。お歳は88歳になられるらしい。

 普通に考えれば、若くて体力のある俺の楽勝のはずだ。


 だが、ここはバトルマンガの世界。バトルマンガにおいて、じいさんは強い。リアリティなんぞ余裕でぶっ飛ばすお約束だ。じいさんが作中最強のマンガだってゴロゴロある。

 これは、覚悟して挑まねば。


「いくぞジジイ!」


 あっ、勢いでついジジイって言っちゃった。コンプライアンスがどうとかも気になるけど、こういう言い方をしたやつって、大抵かませ犬になるんだよな。


 とはいえ、一度出た言葉は取り消せない。そんなかけ声とともに振り上げられた俺のパンチは、あっという間にじいさんの顔面へと迫る。

 そして──


 ドサッ!


 ノーガードで殴られたじいさんは、そのまま地面に倒れて動かない。


「おーい、じいさん。大丈夫か?」


 返事がない。それどころか、ピクリとも動かない。


 おい。まさか、これで終わりじゃないだろうな。だとしたらあまりにも呆気ない。じいさん最強っていうバトルマンガのお約束はどこいった!


 そう思っていると、突如道場の外から、何人もの人がやって来た。

 そして、叫ぶ。


「あーっ。この人、おじさんに暴力をふるってる!」

「なんてことを。相手は88歳の高齢だぞ!」

「虐待。いや、殺人だ!」


「いや、ちょっと待て。これはお互いの同意のもと行われている、正式な勝負なんだ!」


 しかしそんな俺の訴えも虚しく、間も無く警察を呼ばれ、そのまましょっぴかれることとなってしまった。


 そんな時、ようやく倒れていたじいさんが起き上がった。


「じいさん。俺の無実を証明してくれ! これは、互いに合意の上での勝負だよな!」


 このまま逮捕されてはかなわない。だが、じいさんはこう言った。


「はて、なんのことかの。歳をとると、物忘れが酷くなるのじゃ」

「なっ……!?」


 さらにじいさんは、絶句する俺のすぐそばへとやって来て、小声で囁いた。


「若造。年寄りの最大の武器を知っておるか。か弱さと狡猾さじゃよ。確かにお主は、力ではワシに勝ったかもしれん。じゃが、社会的にはこのワシに負けたのじゃ」


 このジジイ!


 もう一度ぶん殴ろうと思ったが、警察に取り押さえられた俺に、それができるはずがなかった。

 さらにこのジジイ、今まで築き上げた権力をフルに利用し、俺を徹底的に悪者に仕立てあげやがった!


 バトルマンガにおいて最強クラスがゴロゴロいる、じいさんというカテゴリ。

 だが真に恐ろしいジジイとは、肉体的な強さを持つ者でなく、こういうやつなのかもしれない。

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